今でも長時間労働を評価する人は多いが、その中の誰一人として長時間労働が労働生産性を向上させた、もしくはその労働者の市場価値を高めたという実証的なデータを僕に示してくれた人はいなかった。労働者を評価するのは時間ではなく成果(パフォーマンス)であるというごく当たり前の慣行を、一刻も早く打ち立てなければならない。頭脳を使う仕事では集中力が肝となるが、普通、人間の集中力は2時間前後しか続かない。休憩をはさんでも、1日に2時間×4コマ、せいぜい5コマが限界であるという人もいる。長時間労働は、大脳生理学的にも支持されないのだ。

 第2は、採用基準の改革である。黙って長時間働く工場をモデルとした労働者を採用するベストの方法の1つが、わが国の青田買い(一括採用)であることに間違いはない(青田買い→終身雇用→年功序列→定年制という労働慣行は、3条件の下での高度成長を前提としたワンセットのガラパゴス的な仕組みであるが、このコラムで以前にも触れたのでここでは繰り返さない)。

 これに対してグローバルな採用基準は、大卒であればまず成績である。なぜか。自分の選んだ大学、学部で優れた成績(パフォーマンス)を残した人は、自分が選んだ職場でも優れたパフォーマンスをあげる蓋然性が高いと見なされるからである。例えば、経済団体のトップが「優7割、TOEFL100点でなければ採用面接に応じない」と一言述べれば、学生は必死に勉強するようになり、社会人になっても唯々諾々と働くのではなく、様々なアイデアや主張を企業にぶつけるようになるだろう。多様性ある人材を育てる方法はまず勉強に打ち込むことであり、好きなことに打ち込むことである。

 第3は、「無減代(むげんだい)」の実践である。上司から命じられた仕事を言われた通りに黙々とこなすのではなく、一人一人が「この仕事は本当に必要だろうか?無くても困らないのではないか」「この仕事はもっと減らすことはできないか?これまでの10枚のレポートを3枚にできないか?」「この仕事は他の何かで代用(使い回し)できないか?1ヵ月前に作成したグラフを日付だけ変えて提出しても経営判断が歪む恐れはないのではないか?」などとよく考えて、無減代を実践するところから働き方の改革は始まるのである。

 実は仕事のかなりの部分は、上司の思いつきによる場合が多いのである。僕が30代の頃、10人ぐらいいた部下に次々と仕事を指示していた。忘れるといけないので机上に置いた大きなダイアリーを2等分して、左には予定、右には仕事(A君に金曜締切でBの仕事を頼んだ場合は2日前の水曜日にA→Bとメモしておく。そうすると、水曜の朝簡単に督促できる)を書き込んでおいた。

 ある日、外出から帰ると、A君が僕のダイアリーを消しゴムで消していた。「何しとるんや」「あまりにたくさん仕事を指示されて鬱陶しいのでいくつか消してるんですよ」「お前、仕事をなめとるのか」「そんなに怒らないでくださいよ。僕もアホじゃないので大事なことはちゃんとやってますよ。今までも時々消していましたが、出口さん気がつかなかったし、実際困ったこともなかったでしょう」。