深夜、都内の総合病院に女性が搬送されてきた。「大丈夫ですか? 分かりますか?」。意識がもうろうとして呼びかけにも答えない。精神安定剤や睡眠薬を大量に飲んだという。

 いま、こうした「向精神薬」と呼ばれる薬を大量に服用して担ぎ込まれる重症患者が急増している。この武蔵野赤十字病院では、救急搬送される重症患者の10人に1人にのぼっている。

「医師から処方された向精神薬を大量に、100錠から200錠、多い方はそれ以上飲んで運ばれてくる。昨日から今日は、続けて4人の方が急性医療品中毒で運ばれた。これは、異常なことです」

 救命救急センター長の須崎紳一郎医師がため息をつく。

 「向精神薬」は、中枢神経に作用する薬で、不眠症やうつ病の治療にかかせない。睡眠薬や抗うつ剤、精神安定剤などが含まれる。民間の調査会社・富士経済によると、国内の市場規模はこの10年で2倍に増えている。一方で、必要以上に大量に飲むと健康に深刻な影響を及ぼす恐れがある。種類によっては、依存に陥ったり意識を失って昏睡状態になったりして、命の危険につながることもある。

 いま、社会の不安を背景に心の病が広がるなかで、治療のための薬に頼るあまり、依存に陥る人たちが増えている。さらに、薬である向精神薬が治療以外の目的で、インターネットを通じて密売されているという。向精神薬をめぐって何が起きているのか。追跡を始めることにした。

10倍以上の値段でぼろ儲け?
ネット密売の現場

 向精神薬はどれだけ広がっているのか。インターネットで検索すると、「向精神薬、気軽にお問い合せ下さい」など、簡単に買うことができるという情報が氾濫している。そのなかで、追跡チームが注目したのは「薬局」という名前がつけられたある携帯サイト。このサイトを通じて向精神薬を売っていた女が北海道で逮捕されていたことが分かったのだ。

 厚生労働省の北海道厚生局・麻薬取締部が、女の家に踏み込んだのは今年9月。部屋のあちこちから、睡眠薬や抗うつ剤などが見つかった。その数は、70種類400錠余りにのぼった。女は、39歳の元会社員。不眠などの症状を訴え、精神科に通院していた。向精神薬の密売を認め、「処方された薬が高く売れると知り、生活費の足しにしようと思った」と供述しているという。

39歳元会社員の女の家に踏み込んだ麻薬取締官たち。睡眠薬や抗うつ剤など70種類400錠余りが押収された。

 向精神薬は多くの場合、病院で処方をうけられるのは、1度に1ヵ月分。なぜ大量に手に入れることができたのか。ネット上で女が書いていた日記にその手がかりがあった。

《今日は病院まわりだった》
《主治医からも希望処方オールOK、内科からもオールOK》

 取材の結果、女は少なくとも5つの病院を回って、薬を入手していたことが分かった。それぞれの病院で病気の症状を訴えて、処方を受けていた。そして病院から手に入れた大量の薬をネットで密売していたのだ。追跡チームは、薬を入手していた病院の1つを探しだすことができた。診察にあたった医師がインタビューに応じてくれた。

「ぼーっとしたような人でしたよ。不眠というので睡眠剤を出したんです」