おくだ 芸としてはつたなさもありますが、2月半ば、雪が降りしきる中、屋外の舞台での公演ですから、土着のなんとも言えない風情があります。それに、こういった地芝居には、都会では廃れた演目や演出がタイムカプセルのように残っていることも珍しくありません。

成毛 江戸を真似た地方に、江戸から失われた文化が残っているというのは興味深いですね。

地方は都会の歌舞伎を真似、
都会は歌舞伎を介して地方を見る

おくだ ですから、地芝居はもっと脚光を浴びていいと思っています。歌舞伎役者の息子である御曹司は、ほとんどが東京・大阪に生まれますが、こういった地芝居で才能を発揮するような地方出身の役者さんには、その地方のご贔屓さんがつくでしょう。

成毛 ところで、地芝居の演目にはどんなものが多いのでしょうか。ある意味で江戸時代からきっちりと型になっている丸本物や時代物が多く、江戸っ子の洒脱や粋を楽しむ世話物は少ないように思います。

 弁天小僧が浜松屋で名乗りをあげる名調子などは、江戸っ子じゃないと、七里ヶ浜だの岩本院だの想像できないかもしれませんねえ。「知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が……」。いいですねえ。

おくだ 都会のものと思われがちな歌舞伎ですが、でも、地方が舞台の演目はたくさんあります。

成毛 旅そのものを描いた演目もありますね。『江戸歌舞伎役者の〈食乱〉日記』という本がありまして、これは初代中村仲蔵が書き残した日記を赤坂治績さんが一冊にまとめたものです。

 中村仲蔵といえば忠臣蔵五段目の斧定九郎の形をつくった名役者でしたが、全国津々浦々じつに多くの土地に興行に行ったようで、そのときに地元で食べた名物を丁寧に書き残しているのです。たとえば、瀬戸内の海水むすび、伊勢の舟盛、糸魚川の鯛の潮煮、由比の鱚の蒲焼。歌舞伎ファンならずとも、和食グルマンであれば一読の価値がある本です。

おくだ 都会の人はそれを見て旅情を感じるでしょう。江戸時代は今ほど自由に移動ができませんでしたから、芝居小屋に閉じこもっているようでいて、旅気分を味わっていたのです。

 昭和になってからも海外旅行へそう簡単には行けなかったので、テレビでは旅番組が流行りましたし、クイズの賞品がハワイ旅行でそのカタログの授与が番組内で行われてもいました。それと同じです。地方は都会の歌舞伎を真似、都会は歌舞伎を介して地方を見ていた。都会と地方は歌舞伎を通じて結びついていたのです。