流行を常に採り入れてきた
歌舞伎の音楽
成毛 8月の歌舞伎座の第3部では『廓噺山名屋浦里』が上演されました。これは、笑福亭鶴瓶の新作落語が元になっています。歌舞伎というと、連綿と続いていることが話題になりがちですが、新作にも精力的ですよね。
1955年北海道生まれ。中央大学商学部卒。マイクロソフト日本法人社長を経て、投資コンサルティング会社インスパイア取締役ファウンダー。書評サイト「HONZ」代表。『本棚にもルールがある』(ダイヤモンド社)『ビジネスマンへの歌舞伎案内』(NHK出版)『教養は「事典」で磨け』(光文社)など著書多数。
Photo by Kazutoshi Sumitomo
おくだ その通りです。当たり前のことですが、新作の場合は台本も、それから音楽もゼロからつくることになるので、大変だと思います。
成毛 確かに、音楽もそうですよね。
おくだ 台本には、どこにどんな音楽をとは書かれていません。何度も上演しているものならどこにどんな音楽を使うかが定着していますが、新作の場合はそれがありませんから、稽古がある段階まで進んだら、雑踏のシーンではこんな音を、うら寂しい道を行くときはこんな音を、とたくさんあるストックの中から選んでつけていくことになります。
成毛 歌舞伎の音楽というと、清元、常磐津、義太夫、長唄などと分類できます。
おくだ その違いは何でしょうかと尋ねられることもあるのですが、歌舞伎が続いてきた長い間には、音楽の流行廃りが何度もありました。この50年を振り返ったって、GSが流行り、フォークが流行り、それからモーニング娘。やAKB48のようなユニットが流行りました。歌舞伎は、そういった流行に敏感です。
たとえば清元や常磐津は、江戸のある段階で流行し、旦那衆が、おそらくモテたいがために稽古に通い、そのお師匠さんが独り身のいい女だったりすると益々熱心に通いといった具合に広まった。そのときに誰かが「そんなに流行っているなら、歌舞伎に取り入れよう」と思いついたのでしょう。それが、歌舞伎の音楽はなぜひとつではないのかという問いの答えです。清元、常磐津、義太夫、長唄はそれぞれ、裃の着こなしなどに違いはありますが、でも、混在こそが歌舞伎の音楽の面白さです。
成毛 70代以上の一部上場企業の役員経験者には、小唄が趣味という人も珍しくないですね。
おくだ 昭和のあるときまで、それがビジネスマンのたしなみとされていたのでしょう。
成毛 コミュニケーションの場は、いまではすっかりゴルフに取って代わられました。