政治経験ゼロだから
誹謗中傷合戦に持ち込んだ

 ご存じのように、今回の選挙戦では、本題であるはずの政策や外交というテーマでの論争より、互いに過去のスキャンダルや失言等を攻撃し合う場面が多く見られたことで、「史上最低の戦い」とマスコミから酷評された。これを受けて、多くのアメリカ国民からも「もうウンザリだ」と呆れる声が上がっていた。

 ただ、冷静に考えてみると、実はこの「史上最低の戦い」という状況は、トランプ氏が自らの情勢を有利にするため意図的に作り出した可能性が高い。

「政治経験ゼロ」の大統領候補がどんなに実現可能性の高い政策を語ったところで、しょせん「絵に描いた餅」である。レベルの高い政策論争になればなるほど、クリントン氏の実務経験が際立ち、トランプ氏の素人感が強調され、支持者離れを招く恐れもある。トランプ陣営としては絶対に避けたいシナリオだ。

 その逆に、相手のスキャンダルや古傷をこきおろす誹謗中傷合戦になれば、トランプ氏は俄然有利になる。

 いやいや、暴言・失言のオンパレードで、セックステープ、脱税などスキャンダルだらけで不利になるだろ、と思うかもしれないが、一部で報道されているようにクリントン氏のスキャンダルは汚職がらみ。トランプ氏より遥かにヘビーな内容なのだ。

 トランプ氏当選を早くから「予言」していたジャーナリストの木村太郎氏が、フジテレビの選挙特番で「ヒラリーの腐敗はひどい」と語気を荒げておられたように、クリントン氏は国務長官時代の機密漏洩問題だけではなく、夫と立ち上げた「クリントン財団」を舞台にした金銭スキャンダル、利益相反が問題になっている。トランプ氏のケースはしょせん「実業家の醜聞」だが、こちらは「権力者の腐敗」。どちらに有権者の怒りが向くかは明らかだ。

 政策論争は「どちらが上か」という戦いなので、トランプ氏にほぼ勝ち目はない。しかし、誹謗中傷合戦というのは「どちらが下か」という戦いなので政治の素人にも「勝機」が生まれる。そう考えると、トランプ氏が執拗にクリントン氏のメール問題を攻撃していたのも合点がいく。

 もちろん、相手に切り込めば、こちらも「返り血」を浴びる。それがセックステープなどのスキャンダルだったがわけだが、そのリスクをさっ引いても、トランプ氏には有り余るメリットがある。「権力者の腐敗」を執拗に叩き続ける姿というのは、支持拡大の大きな原動力となりえるからだ。

 トランプ氏の支持者の多くは、現政権や、既得権益をもつ「クリントン財団」のようなものに対して激しい嫌悪、怒りを感じている。そういう人々が求めるのは、オバマ大統領やクリントン氏のような美辞麗句的な政策や理念ではなく、現体制の崩壊、腐敗した権力者の転落である。この方針をブレることなく打ち出し続ければ、多少の浮き沈みはあってもコアな支持層が離れることはない。

 その戦略を象徴するようなシーンが、テレビ討論会第2回の中にある。

 《トランプ氏は、「もし選挙に勝ったなら、司法長官にあなたの状況について調べる特別検察官を指名するよう指示する」と述べた。クリントン氏が「ドナルド・トランプのような気質の人物が我々の国の法律を仕切っていないのはとても良かった」と応じると、トランプ氏はクリントン氏の発言を遮るようにして、「もしそうだったらあなたは監獄に入っている」と述べ、一部の聴衆から拍手と歓声が上がった。》(2016年10月10日 BBC NEWS JAPAN)