全国規模で盛り上がる慈善運動は
本当に単なる「自己満足」なのか?

「漫画『タイガーマスク』の主人公・“伊達直人”を名乗る人物が、児童養護施設にランドセルを寄付した」というニュースを、おそらく多くの人が、最初は「珍しい美談もあるものだ」と何気なく聞き流していたことだろう。

 ところが驚いたことに、その後全国で何人もの“伊達直人”が出現。伊達直人ばかりか、漫画『あしたのジョー』の主人公・矢吹丈や『肝っ玉母さん』『桃太郎』などを名乗り、日用品や現金などを施設に贈る人々が続出している。一連の出来事は「タイガーマスク運動」と呼ばれ、今では一種の社会現象になっている。

 この現象に対して、「そうした美談があるとは、日本も捨てたものではない」「日本人が持っている互助主義の表れ」といった好意的な見方がある一方で、「単なる自己満足」「マスコミが作り上げた幻想」など、批判的なコメントも目につく。

 確かに、当事者が現れないのだから、行動の本当の意図はわからない。それを、第三者であるメディアが面白おかしく取り上げている部分は、否定できないものがある。

 しかし、何人かの“伊達直人”は、恵まれない境遇の子どもたちに、何かしらの暖かさを確かに伝えたかったはずだ。そして、その行動に共感した人々が、「恥ずかしいから自分が何者かを明かさずに、特定の境遇の子どもたちに何かしてやりたい」と思うことは、特別なことではないだろう。

 重要なポイントは、そうした状況の背景にある、人間が持つ心情や心理を理解することではないだろうか。それが見えると、一見不可解に思えるこの現象を解きほぐすことが可能になるはずだ。

 ある社会学者の1人が、「21世紀は心理学の世紀」と指摘したという。こうした出来事からも、この言葉はそれなりの説得力がある。