先月、私は数年ぶりに学会のワークショップの発表者演壇に立った。いままでは外科学会であったが、今回は感染症学会であった。

「1860年代ジョセフ・リスターは傷を覆うガーゼに石炭酸を噴霧することで傷が腐らないことを証明し、防腐法を発見しました。そしてコッホやパスツールが細菌を発見し、腐敗の原因が細菌によりもたらされることが明らかにされました。当時、リスターは空気中の“何か”が腐敗の原因になると考え、石炭酸で手術器具や手を拭き、さらに空間に石炭酸を噴霧して手術にのぞみました」

 と私の発表は続いた。そのワークショップは〈空間浄化の新概念〉というタイトルであった。「ハンフリー・デービーによって発見された二酸化塩素は水に溶けやすく、液体と気体で消毒効果を示す唯一の物質で、水道水消毒や炭疽菌テロでもビル内の空間消毒に利用されて……」と講演している最中、私は二酸化塩素との出会いを思い出していた。

 2002年から2003年、アジアではSARSが発生し、日本でも台湾からの旅行客が関西を訪れているということで日本中が大騒ぎになった。その後も、私が勤めていたT病院では、原因不明の急性肺炎で緊急入院される方がいた。

「本日の未明、肺炎で緊急入院された患者さんが、病室がないという理由で外科の個室へ収容されました」と外科当直のF先生。

「内科への転科依頼と専門病院への移送手続き、そして院内感染対策の実施をしてください」と私は指示した。

 しかし、その患者さんは病状が急変し、F先生が主治医のまま病室を移すことすらできず、亡くなられてしまった。原因不明の重症呼吸不全ということで病理解剖が行なわれた。そして、恐ろしい事実が現実のものとして確認されたのだ。診断名は“粟粒結核”。粟粒結核とは結核菌による敗血症のようなものである。その半年後の職員検診で、さらに驚きの結果が明らかにされた。当時、担当したF先生と解剖に立ち会った技師さん二人に「肺に影あり」と指摘され、その後の検査で結核と診断されたのであった。