去年3月、追跡チームは、京都府立医科大学附属病院に入院していた1人の患者を訪ねた。山口茂樹さん61才だ。自宅で突然激しい悪寒を感じ、救急車で運ばれた。診断は、心筋梗塞。それも通常のバイパス手術では回復が難しいほどの重症だった。
「2度目の心筋梗塞は絶対されないように。いま、この状態で2度目をやりますと多分命がなくなってしまいますから」
と医師は告げる。
山口さんの心臓は、冠動脈という心臓の血管に血液が殆ど流れなくなり、心臓の筋肉(心筋)の壊死が進んでいた。心臓への負担をできるだけ減らすため、病棟内を歩くことさえ禁じられる重症だ。
再生医療に全てをかける
主治医と患者の決断
主治医の京都府立医科大学循環器内科・松原弘明教授は、山口さんに対して1つの提案をした。それは驚くべき内容だった。山口さんの細胞を使って心臓を再生させる、というのだ。
松原教授は、山口さんに対してこう語り始めた。
「ある程度の心臓の部分は死んじゃってるんで、危険なことになる可能性もあって…。患者さんに投与して安全かどうかということをみるのが、この一段階の試験です。この治療は、あの山口さんご自身の心臓の細胞を再生医療して、心筋を心臓の中につくろうという治療ですね」
松原教授が提案した治療は、臨床試験段階の医療だ。まず心臓から特別な細胞を取り出し増やしたのち、心筋の壊死した部分に注入。この細胞を心筋に変えることで、心臓の筋肉を再生させるという世界初の試みだ。しかし、人に対して行なわれたことはない。成功する保証はなく、命に関わる事態も起きかねないと説明された。
「うどんと、重湯、味がないかもしれんけど…」
病室には、ベッドで寝ている山口さんに食事を与え、献身的に看病する妻幸恵さんの姿があった。
「結婚して初めてですよ。ご飯食べさせてあげるの…」
これからは夫婦2人の日々を楽しもうと思っていた山口さん。病室には生まれたばかりの孫の写真も飾られていた。山口さんは、孫の話題になると目を細めてこう話す。
「ある程度接しとかな、向こうも覚えてくれへんやろうしねえ。このごろやったら、ずっと目で追ってくれるから、ちょっとずつ楽しみになってきよるね。まあ、どんな子になるんか。まあ、楽しみでやね」
山口さんは、再生医療にすべてをかける決断をした。
「不安はありますわな…。でもここまできたら、もうそんなん考えても仕方ないから任せるだけです。どこまで再生できるかどうかはわからないけど、なるべくようけ再生できたらいいなあとは思うんですけど…」