日銀が大株主であることの問題と、日銀の買いが株価形成に影響を与えていることの問題の大きく2点が考えるべき問題だ。

株主責任の空洞化と
銀行株については利益相反も

 さて、日銀が日本の企業の大株主になることにどのような問題があるのだろうか。

 日銀と同じく公的機関で大株主であるGPIFと比較すると分かりやすい。両者は共に個別企業に対して直接投資しているのではなく、運用会社を通じて株式を保有している。

 GPIFは、日本版スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードをよしとして、日本の企業の企業統治や経営に株主の利益の立場から関わることを決めたように見える。GPIFは資金運用を委託している運用会社を通じて最終的な株主としての議決権行使に関与しようとしている。

 この方針に対しては、政府機関が株式保有を通じて民間企業の経営に介入しようとすることなので、賛否両論がありうる(筆者は「否」である)。

 しかし、日銀の場合は、自身が最終的な大株主であるにもかかわらず、議決権行使への関わりについて方針を明らかにしていない。何もしない、ということなら、議決権が空洞化することを意味する。

 仮に、先のミツミ電機に対してTOBを仕掛ける投資家がいた場合、推計ベースで20%もの株式を保有する日銀がどのような態度に出るかが極めて重要だが、日銀は関与の方針を明らかにしていない。

 例えば、「日銀は株主の利益の立場から議決権行使に関与する」と決めることは可能だ。しかし、国内株式のETFのポートフォリオには銀行株が小さからぬ割合で含まれている。

 日銀は、銀行に対して日銀考査等を通じて関わる監督者の立場でもあるが、株主として銀行の利益が上がることを望む立場にも立つ。日銀の立場に深刻な利益相反があることは明白だ。