ある時、秘書の私に「カフスボタン」にまつわる話をしてくれた役員(以下、A氏)がいました。

 A氏は、特別な時にだけ「カフスボタン」を身につける方でした。その「特別な時」とは、大事な商談や交渉の場、プレゼンテーションの時など、社運のかかった案件が関係する時でした。

「このカフスボタンには、会社のロゴと僕のイニシャルが刻まれている」

 そう囁いた役員に対して私は、「もう少しこちらのカフスボタンについてお話しいただけますか?」とお願いをしたところ、こんな会話が展開していきました。

A氏:「このカフスボタンはね、僕が歩んできた人生そのものなんだ。人生の歴史が刻まれていると言ってもいい」

私:「それは、大切なものですね」

A氏:「そうだ。愛おしさのあまり、1ヵ月に1度は丁寧に磨いてしまうほどだ(笑)」

私:「愛おしさのあまりに……ですか?」

A氏:「ああ、恥ずかしいことだがね。このカフスボタンを一つひとつ丁寧に磨きながら、これまでの自分を振り返っているんだ」

私:「とても貴重な時間ですね」

A氏:「ああ、磨いている間、新入社員としてこの会社に入った時のことから、職業人として働いてきたこれまでの流れ、そして今の自分を深く感じることができる」

私:「そうでしょうね。特別な時に私もそんなアイテムを身につけてみたいです」

A氏:「ああ、だからある意味、これは僕にとってお守りでもある。これまでの人生を守ってくれたからね。きっとこれからもこのカフスボタンが見守ってくれるだろう」

 そのカフスボタンは、シルバー素材で作られたとてもシンプルなものでしたが、A氏にとって大変貴重なものでした。