それどころか、さらに彼独自の視点が加わる。まさにイノベーションと言っていいだろう。たとえばこの「鬼十則」をもとにした「ファイト十則」でも、幸一は三つの項目に関して内容を変えているのだ。

 これは彼の思考を知る上で興味深いので、以下、比較してみたい。

3、大きな仕事と取り組め、小さな仕事は己れを小さくする。(「鬼十則」)

3、仕事に大小を考えるな、常に全力をたたきこめ。(「ファイト十則」)

5、取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…(「鬼十則」)

5、摩擦を恐れるな、切磋琢磨せよ、人間は惰性に流され易い。(「ファイト十則」)

10、摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。(「鬼十則」)

10、賢愚は他人の領分、威張っても値打に変りはない、只実行だ、でないと君は卑屈未練になる。(「ファイト十則」)

 3に関しては、“大きな仕事”だけを選別できる広告業界と、仕事の大小をつけずすべてに全力で取り組まねば完成品は生まれない“ものづくり”業界との違いがあるだろう。そもそも女性下着の世界を“小さい仕事”などと思う不心得者が出ないとも限らない。

「鬼十則」の5の“取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…”というのは、「鬼十則」の中でも特に有名なフレーズなのだが、これも幸一は採用しなかった。

 商売は駆け引きの世界である。スッポンのように一度取り組んだら放さないなどという商人は早晩行き詰まる。ここは「鬼十則」の10を彼らしくアレンジして“摩擦を恐れるな、切磋琢磨せよ”としている。

 そして幸一は「ファイト十則」の10でさらに商人として大事な姿勢について説いている。外からどう見られるかなどを気にしている暇などない。只実行あるのみだと叱咤しているのだ。

 〈あの人はやり手だとか、立派だとか、信用がおける人だとかいろいろと人物評価をされるが、一番困った人間は自分で自分の評価をしている人間である。そして、人間の持つ習性と言ってもいいくらい、他人から見た実力よりもずっと高い評価を自ら行い、私は立派なんだ、皆が信用してくれているんだ、やり手なんだと思い込んでいる人間がいかに多いことであろうか。それをいい励みの材料として、そうなりたいと日々の努力を積み重ねているのなら大いに期待ができ将来が楽しみだが、何の修行も努力もしないで、出身学校だけでそのように思っている人間ほど、どうしようもない人間はない〉(塚本幸一『貫く「創業」の精神』)

 〈あれこれと考えても、実行しなければ、考えないのと同じである。そのような暇があれば、今実行できることをやった方がいい。そして、悪い結果が出た時こそ、自分を正しく評価する良き物差しと考え、素直に反省すればいい。そして、やってやってやり抜いていれば、“ヘタな鉄砲も数打ちゃ当たる”というように、自然と真の能力なり、人間形成ができるようになるのだと、戦後一貫してやり抜いてきたつもりである。また、このような生き方こそが、私の生き甲斐であると言えるし、若さとファイトを保つ私の生活態度でもある〉(前掲書)

 電通は、女性の新入社員が月間100時間を越える残業を原因として過労自殺したことを受け、平成28年(2016年)12月、社員手帳に記載のあった「鬼十則」を外すことを決めた。

 昨今、残業や働きすぎに対する社会の意識は変わりつつある。“必死になって仕事をする”“仕事人間”といった言葉は今後死語になっていくのかもしれない。

 そんな中、ワコールは「ファイト十則」を手帳から外すことはしないという。

 幸一の掲げた理想は、下敷きとした吉田秀雄の「鬼十則」に改良を加えただけのことはあって、寿命の長い普遍性を持っていたと言えるだろう。

(つづく)

(作家 北 康利)

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