人は誰でも自分自身の固有の価値観を持って生きている。それは、自分が自分らしく生きるためには必要なことだが、ビジネスの場においては非常にやっかいな思い込み(バイアス)となる。マーケティングの仕事をしていると、さまざまなバイアスを徹底的に排除して市場やターゲットを見ることを叩き込まれるが、一般のビジネスパーソンはこのような職業訓練を受けていないので、物事を客観視できず、自分の価値観で判断してしまうことが多い。結果として失敗もする。

 あるメーカーは、女性向けの新商品のパッケージデザインを考えるために、社内の一般職女性社員を集めて意見を聞いた。その結果、ピンクを基調とした可愛らしいデザインが採用され発売されたのだが、まったく売れなかった。理由は、その商品はヤンキー女子をターゲットとしたものだったからだ。ヤンキー女子は基本的にピンクより、黒とか紫のほうが好きだ。カワイイより、クールを好む。ターゲットの志向性とまったく違う商品を作ってしまった。だから売れなかった。

 この失敗は、商品企画の最終決定権者である役員(たぶん男性)が、(1)本社の一般職女性と顧客であるヤンキー女子が、同じ女性であってもまったく違う志向性を持っていることが理解できていなかったこと、(2)「女性はピンクが好き」というバイアスが強烈に働いていたこと、による失敗だ。バイアスを取っ払って素直にターゲットを見ればわかることも、そうした視点がなければまったく見えなくなってしまう。

 実は、「女性はピンクとかパステルカラーが好き」という思い込みをしている人は意外と多い。最近は減ってきた感があるが、一昔前までは女性向けの商品企画の仕事をやると、必ずピンクとかパステルカラーとか言い出す担当者が多かった。オシャレ女子の全員が全身黒ずくめで街を闊歩していた80年代前半でも、「女性=パステルカラー」という思い込みをしていた担当者も多かったのだ。

トランプ勝利を見落とした
マスコミのバイアス

 このようなバイアスは、いつの時代にも、どこにでもある。直近の例では昨年のアメリカ大統領選がそうだった。マスコミは基本的に良識派だし、人権という絶対的な正義を前提としている。だから、移民排斥、女性蔑視、イスラム教徒差別という人権侵害の総合商社みたいなトランプが勝つはずがないというバイアスが働き、ほとんどすべてのマスメディアがヒラリー勝利を予測し、外した。「トランプの強烈に偏ったバイアス」を批判していたマスコミ自身が、「自分たちのバイアス」に絡め取られ、有権者が何を望んでいるかを冷静に客観視できなかったから、予測を外したわけだ。

 日本の多くのマスコミもヒラリー勝利を予測していたが、大統領選直前に全米各地で取材をしていた人のなかには、「ひょっとしたらトランプが勝つかも」と感じていた人もいた。たとえばジャーナリストの木村太郎氏や、大川興業の大川総裁などがそうだ。その意味で、マーケティングもメディア取材もやはり現場に立つことが大事ということだが、トランプが好きか嫌いか、個人的な感情(価値観)を抜きにして、世の中の空気感を客観的に見ていれば、アメリカから遠く離れた日本にいても、その流れは感じることができる。だから僕は、6月の時点で「ヒラリーはトランプに負ける」と書いた(下記、当連載記事の第159回参照)。

*第159回: 英EU離脱、トランプ現象に見る「大きな物語」なき参院選のゆくえ