世界的には「リフレ=庶民救済策」

以上の議論からもわかるとおり、リフレ政策は本来的には雇用政策としての側面を持っている。実際、欧米諸国でも、雇用の創出・確保を重視するリベラルな左派政党ほど、金融緩和には積極的である。金融緩和によって適度なインフレをキープしたほうが、庶民の生活にはプラスになると知っているからである。

また、日銀と同様にインフレ目標を導入している米FRBでは、金融緩和の効果を判断するときに、インフレ率だけでなく失業率も基準にしている。2016年末にFRBが利上げを決めたのは、米国の雇用環境がかなり改善してきたからにほかならない。

これと対照的なのが、日本で一応「リベラル」とされている民進党などの政党である。民主党時代から、彼らはデフレを放置し、増税などの緊縮政策を積極的に打ち出してきた。アベノミクスがはじまって目に見える結果が出たあとでも、相変わらず安倍政権の経済政策を批判するばかりで、労働者のスタンスで対案を出すことをしていない。

「金融緩和を批判するリベラル政党」―これは諸外国からすれば、耳を疑うような奇怪な響きを持った表現だ。世界のマーケットで投資をしている外国人の同僚にこうした状況を説明すると、「いったいどうして日本ではそんなことが起きているんだ?」と心底不思議がられる。

もちろん、民進党にもそれなりの考えがあるのかもしれない。しかし、保守派とされる安倍政権が先にリフレ政策をはじめてしまったため、民進党はお株を奪われた格好になり、無策の状況が続いているというのが実情ではないだろうか?(無策以前に、単に無知なだけかもしれないが…)。

有権者たちの生活改善を本気で考えるのであれば、日本の野党の政治家は、少なくともアベノミクスの成果をリアリスティックに評価する姿勢を持ったうえで、政治活動を行っていくべきだろう。

この「ねじれ」に気づいていないのは、政治家だけではない。日本の経済メディアすらも、「庶民の生活が……」などと報じながら、同時に金融緩和には批判的なスタンスを変えようとしない。なぜ自殺者数や失業率などの具体的な成果をしっかりと報じようとしないのだろうか?いったい、いつになったらこんなことが終わるのだろうか?

[通説]「実体経済への好影響なし。庶民の生活は改善見られず」
【真相】否。自殺者が激減。過去のデフレは「人災」である。

村上尚己(むらかみ・なおき)
アライアンス・バーンスタイン株式会社 マーケット・ストラテジスト。1971年生まれ、仙台市で育つ。1994年、東京大学経済学部を卒業後、第一生命保険に入社。その後、日本経済研究センターに出向し、エコノミストとしてのキャリアを歩みはじめる。第一生命経済研究所、BNPパリバ証券を経て、2003年よりゴールドマン・サックス証券シニア・エコノミスト。2008年よりマネックス証券チーフ・エコノミストとして活躍したのち、2014年より現職。独自の計量モデルを駆使した経済予測分析に基づき、投資家の視点で財政金融政策・金融市場の分析を行っている。
著書に『日本人はなぜ貧乏になったか?』(KADOKAWA)、『「円安大転換」後の日本経済』(光文社新書)などがあるほか、共著に『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』(中央経済社)がある。