昔の電通がなぜそのような鷹揚なことができたかというと、いろいろ理由はあるが、今ほどコンプライアンスがうるさくない時代だったし、非上場会社で口うるさい外部の株主もいなかったし、何よりも儲かっていたからだと思う。

 全米の「働きやすい会社ランキング」で常に上位にランクされるGoogleも、その環境が実現できるのは、儲かっているからだ。電通もかつては儲かる会社だった。テレビや雑誌が元気で、だから銀座で知り合った文化人と一緒にイベントや番組や雑誌の特集などを企画すれば儲かった。だから、銀座で飲むことも重要な仕事だったし、ニューヨークでバスキアやアンディ・ウォーホルに会うことも仕事になっていた。

 それが今では、雑誌もラジオもオワコンで、新聞も凋落。テレビも広告媒体としては下降気味で電通の強みがどんどんなくなっていった。急成長するデジタル広告では、電通の強みはそれほどない。つまり、広告業界で電通はどんどん追い詰められている。そして、追い詰められれば、組織は荒廃する。自殺した東大卒電通社員の高橋まつりさんがデジタル広告の部署だったことは、非常に象徴的なのである。

 結局のところ、長時間労働の是正も、多様な働き方の実現も、会社が儲かってなければ実現はできない。だが日本企業の場合、内部留保が積み上がっても従業員に還元されていないという問題もあるが、その問題に関してはまた別の機会に論じるとして、近年の働き方改革では、「労働生産性を高める」ことも要求されている。

企業の「労働生産性」
を問う前にすべきこと

 もちろん、労働生産性は高めるべきだ。これも第172回で述べたとおり、日本の「1人当たりGDPは世界第27位」「1人あたり輸出額は世界第44位」という状況である。よく、「日本は欧米と比べて労働時間が長い」と批判する人がいるが、欧米より儲かってないから、長時間労働になるのは当たり前なのだ。なので、政府も生産性を高めろと言うし、メディアもそう言う。

 しかし労働生産性とは、実は、システムの問題、ビジネスモデルの問題であり、労働者が頑張ってどうこうなるものではない。もちろん自分の仕事のやり方を見直したり、スキルを高めて生産性を上げたりすることは可能だが、その効果は限定的だ。「労働者が頑張れば、労働生産性が上がる」というのは、「長時間労働して頑張れば、企業の業績が上がる」と考えるのと同じ、単なる精神論だ。むしろ、生産性向上を労働者個人に押しつけている、と言える。そうではなく、仕事の仕組み自体を変えなければ、生産性は上がらないのだ。

 もっとも日本企業の場合、仕組みを変えると言っても、たいしたことではない。デジタル化すれば一瞬で済むような手続きを、2日も3日もかけてやっている大企業もまだまだ多い。外部の人間の入館管理にしてもそうだ。IT系の企業なら、事前に送られてきたデジタル入館証をリーダーにかざせばそのまま入館できて、待ち合わせロビーに行けば担当者が待ち構えているというのは、もはや普通の光景だ。一方で、日本の大企業では、いまだに受付で入館証を(しかも手書きで!)記入して、受付嬢が担当者に連絡して確認し、ようやく入館できるという非効率的なやり方をしているところも多い。デジタル入館と比べれば、無駄なコストを使っていると思ってしまう。