「当時のことを知っている人もみんな亡くなったしね」伊藤さんが感慨深げに言う。「生きている人も高齢。昭和五十年くらいまであった大木ハムを知っているお年寄りの方は〈あ、あそこか〉って懐かしがるけど」

 復刻プロジェクトは視察と文献にあたることからはじまった。視察で訪れた場所は芝浦の処理場見学からはじまり、大木市蔵が働いていた横浜の江戸清、戦後、大木市蔵の弟が引き継ぎ、今でも看板を守り続ける横浜元町の大木ハム、宮城県の田尻手作りハム、ハム・ソーセージ業界の重鎮である姫路の播州ハムなど実に様々だ。メンバーは全国に散らばった大木氏の弟子筋を訪ね、受け継がれた技術を掘り起こした。

復刻と再現は別
味を時代にあわせて変化

ソーセージ作りはサイレントカッターで練肉をつくるところから始まる

 工場でソーセージ作りを見学する。職人の田村和行さんがサイレントカッターという無骨な機械で、塩漬けした豚肉と脂肪から錬肉をつくっていた。時折、手で粘り具合を確認している。どれくらい?あと1分くらいですかね、という会話が交わされる。

「豚肉も赤身は赤身で、脂身は脂身で塩漬けしています」

 ソーセージ造りには新鮮な豚肉が必要だ。自社で処理した豚肉をそのまま使えるのがフードショップいちはらの強み。大手の大量生産品は肉を塩水=ソミュール液に漬けこむことも多いが、大木式は塩をまぶしていく昔ながらの方法をとる。

 田村さんが慣れた手つきで、肉を皮に詰めて、決められた長さでねじり、成形していく。次々とソーセージが出来上がっていく。ずらりとソーセージが並ぶ様子は壮観である。

「簡単そうに見えますが、職人の技術なんですよ」

大木市蔵著「実用豚肉加工法」

 と市原さんは言うが、とても簡単そうに見えない。ソーセージはその後、乾燥した後、桜のチップで燻製にかけられる。その後、加熱をすれば出来上がりだ。

「大木市蔵の時代は設備も整ってませんでしたし、衛生状態も今の基準より低いものだったでしょう。例えば大木市蔵が残した昭和8年発行の著作「実用豚肉加工法」という文献から起こしたレシピは、今の感覚だと相当塩辛いものでした。冷蔵設備が整っていない時代、保存のために高い塩分濃度が必要だったんだと思います」

「時代背景ですよね」と伊藤さん。「当時、大木がハムやソーセージを卸していたのは軍や長期航路の船舶会社でしたから」