論点1:外れ続けてきた
1Fへの「負の予言」

 最初に取り上げたいのは、1F廃炉の失敗を願う人々が喧伝する「絶望の象徴」化だ。

 1Fが「絶望の淵に立っている」という設定で語られたのは、今回の「650シーベルト大発見!」問題に始まったわけではない。オオカミ少年が「オオカミが来た」と何度も叫ぶように、「1Fは絶望の淵に立っている」と叫ぶ声が何度も聞こえてきたのが1Fの6年間だった。

 例えば、「大量の被曝による廃炉作業員の人員不足で作業が継続できなくなる」「4号機が崩壊して使用済み燃料が原子炉建屋の外にこぼれ落ちて再避難」「多核種除去設備(ALPS)が完成せず汚染水問題は窮地に陥る」といった話が、その時々のトレンドになる。

 マスメディアはそれを匂わす。SNS等はそれをデマ混じりに拡散する。「4号機 崩壊」などで検索していけばその残骸はいまでも観察可能だ。それを見れば「このままいけば、日本滅亡」とでも言わんばかりの、煽りと虚偽にまみれたものが多数存在することに気づく。喜々としてネガティブな情報だけを選別してTwitterなどSNSで流し「こういう話を求めていた。これが福島の現実だ」などと、したり顔をする「有識者」「思想家」も多数いた。

 しかし実際には、作業の進捗と時の経過のなかで、それらの予言は外れ続けてきた。現在、作業員の確保も4号機もALPSも、安定的な状態にある。

 もちろん、それは現場での多大な努力があったからだ。人員確保も4号機の安定化も多核種除去設備の稼働も、様々なリソースを結集したからこそ成立したことだ。手放し無策のままでも大丈夫でした、という話ではない。

 ただ、この手の予言が厄介なのは、無責任なオオカミ少年たちが手を替え品を替え、デマを通して恐怖の共感を集めようとする中で、本当に必要な課題への注視がなされず、必要な手立てが看過されてしまうということだ。

 そろそろ外れたことが明らかになる予言は「凍土壁は絶対に失敗する」というものだ。凍土壁が完成すれば、汚染水管理などの大きな課題の解決に向けて前進することは間違いない。ただ、ここから先に問題となるのは、膨大な量のタンクに貯蔵されている浄化済み水の処理とデブリ取り出しという、具体的な、より難度の高い課題だ。

 そもそも原子力規制委員会もしばしば指摘してきたことだが、凍土壁は根治療法ではない。よりハードルの高い課題を解決すべき状況が目の前に迫ってくるということこそが、私たちがもっと早い時期から意識すべきだったのを、「予言」は覆い隠してしまう。

 1F廃炉の話は難しい。だから多くの人が口をつぐむ。饒舌に話す一部の人間の言葉には、明らかな偏りがあった。一般レベルでの1F廃炉を取り巻く言説は、その失敗を願う人ばかりに固められてきた。失敗を願って拝んでいれば思考停止できるから楽だ。デマには事実を持って反駁し、失敗を願うことしかしない思考停止の愚者は放っておけばいいが、一方で、いかにすれば前に進むのか頭を悩ませ、汗をかく人の層を厚くしていく必要がある。