列車がようやく杭州駅に到着したのは正午を少し回った頃だった。彼女の案内に従って駅前からバスに乗り、先ずは望湖賓館(ホテル)へと向かう。

 ホテルのフロントで留学生であることの学生証を見せると、通常の外国人料金の半分ほどで部屋を提供してくれた。日本のビジネスホテルを広くしたようなシンプルな部屋だったが、大学の宿舎に較べれば、自室に清潔なバスルームがあるだけで天国だ。

 荷物を置き、立芳と一緒にホテルを出て、彼女の故郷の象徴である西湖へと向かった。

 夏のためか、湖は濃緑に染まっていて、風が起こすさざ波の動きも目を凝らさないと見て取れないほどだった。視線を上げて湖全体を見渡すと、湖の中を縦断する二つの堤、白堤と蘇堤に連なる柳の優雅な佇まいと、湖畔のポプラの伸びやかな樹影が、湖面の緑と背景の山並みの緑との間に調和しており、隆嗣は景観の恵みを享受した。

 二人は言葉もなく手を繋いで白堤の上をゆっくりと歩いた。白堤の先にある湖上公園、孤山の南岸で欄干にもたれ、改めて顔を見合わせる。

「ここは西湖十景の一つ、平湖秋月と呼ばれているところ。満月の夜に、ここから見る西湖は絶景なの。中秋節に来るべきところよ」

 立芳が誇らしげに説明する。

「まるで、湖が主役のような街なんだね。君が言ったことは本当だった。素晴らしい街だ」

「あら、疑っていたの?」

 相変わらず明るく責める立芳の言葉を心地よく感じながら隆嗣が応じる。

「誰にでも身贔屓というものがあるからね。でも、僕が中国へ来てから見てきたどの景色よりも素晴らしい」

 夏の日差しを厭わず、二人は飽きることなく欄干から湖の景色を堪能した。

「今夜、大丈夫なの?」

 立芳が不安を口にする。

「ああ。正直言うと、今から緊張しているけど、きちんとしておかないと、君の気が済まないんだろう?……僕だってそうさ」