グーグルで開発された究極のスピード仕事術「スプリント」。グーグルとGV(グーグル・ベンチャーズ)が成功を生んできたその超合理的なノウハウを、開発者自身が手取り足取り公開した話題の新刊『SPRINT 最速仕事術』。世界で衝撃をもって迎えられ、23ヶ国で刊行の世界的ベストセラーとなっている。本連載では、仕事を「最速化」し、大きな成果を出し続けるそのノウハウについて徹底的に迫る。第6回の今回は、「スプリント」において、まず何からどう始めればいいかを紹介する。
絵に描いたような「完璧なビジネス」
2002年にクラリネット奏者のジェームズ・フリーマンが、プロの演奏家の仕事をやめて立ち上げたのは……「コーヒーカート」だった。
ジェームズは焙煎したてのコーヒーにはまっていた。当時のサンフランシスコエリアでは、焙煎日が袋に表示されたコーヒー豆を買うのはほぼ不可能だった。そこでジェームズは自分でやることにした。自宅のガレージで丁寧に豆を煎り、カリフォルニア州のバークリーとオークランドのファーマーズマーケットにもっていき、その場でコーヒーを淹れてカップで売った。彼の物腰は穏やかで柔らかく、コーヒーは絶品だった。
やがてジェームズと「ブルーボトルコーヒー」という名の移動式カートは、ファンを広げていった。2005年にサンフランシスコの友人のガレージに1号店をオープンした。事業の拡大とともにカフェを少しずつ増やし、2012年にはサンフランシスコ、オークランド、マンハッタン、ブルックリンに店を構えていた。絵に描いたように完璧なビジネスだ。
コーヒーは全米トップクラスにランクされ、バリスタは親しみやすく知識が豊富だった。カフェの内装さえ申し分なかった。木の棚に、センスのいいセラミックタイル、しゃれたスカイブルーの控えめなロゴ。
ブルーボトルコーヒーもスプリントを活用
だがジェームズはこのビジネスを完璧とも、完全とも思っていなかった。以前と変わらずコーヒーともてなしに情熱を傾け、ブルーボトルの体験をより多くのコーヒー愛好家に届けたいと願っていた。ブルーボトルの店が近くにない人にも、焙煎したてのコーヒーを届けたかった。あのコーヒーカートを人類初の人工衛星スプートニクにたとえるとしたら、次のステップは月ロケット打ち上げのようなものになる。
2012年10月、ブルーボトルコーヒーはGV(グーグル・ベンチャーズ)を含むシリコンバレーの投資家集団から、2000万ドルの増資を受けた。ジェームズは資金の使い道についていろんな計画をもっていたが、そのうち一番はっきりしていたものが、新鮮なコーヒー豆を販売する新しいオンラインストアを立ち上げることだった。
でもブルーボトルは技術系の会社ではないし、ジェームズはオンライン小売販売の専門家でもない。どうすればカフェの魔法をスマートフォンやラップトップ上で表現できるだろう?
数週間後のよく晴れた12月の午後、GVのブレイデン・コウィッツとジョン・ゼラツキーはジェームズと会った。カウンターにすわってコーヒーを飲みながら話し合った。オンラインストアはとても重要だ。でも満足のいくものをつくるには相当な時間とコストがかかりそうだし、どこから手をつけていいかさえわからない。
つまり、スプリントにもってこいの課題だ(スプリントのノウハウの詳細は本連載第3回を参照)。ジェームズも同意した。
3人はスプリントチームに誰を含めるかを話し合った。
オンラインストアの構築を担当するプログラマーは当然外せない。また、ジェームズはブルーボトルのCOO(最高業務責任者)とCFO(最高財務責任者)、広報担当マネジャーも入れることにした。顧客の質問や苦情を処理するカスタマーサービス責任者も加えた。さらには会長のブライアン・ミーハンも加えた。ミーハンはイギリス最大のオーガニック食品のチェーンストアを創業した、小売のエキスパートだ。もちろん、ジェームズ自身も参加する。
オンラインストアは、実質的にはソフトウェア開発プロジェクトだった。つまり僕らGVにとっては勝手知ったる領域だ。
でもこのチームは、一般的なソフトウェア開発チームとはかけ離れていた。全員が多忙な要人で、丸一週間重要な仕事から離れることになる。このスプリントは、そこまでしてやるべきものになるのだろうか?