「遺伝学者×医師」だからわかった、
遺伝子と人生のほんとうの関係
ぼくは、医師および科学者として得た人類遺伝学における最先端の知識を日々の診療に応用している。これからみなさんに、その際に使っているツールを披露していこう。ぼくの患者にも引き合わせよう。さらには臨床経験の中から、一般の人々の人生にも大きく関わってくる研究例を取り出し、ぼく自身が関与した研究の一部についても紹介したい。歴史について、芸術について、スーパーヒーローについて、スポーツ選手やセックス産業に関わる人たちについても語ることになる。そして、そうしたことを、あなたが世の中を見る方法、ひいては自分自身を見る見方さえ変えてしまうような事実に結びつけていくつもりだ。
本書ではまた、読者のみなさんに、すでにわかっていることと、まだわかっていないことの境目に張り渡されている綱の上を歩いてもらうことになる。当然それは不安定だが、歩く価値は十分にある。何といっても、そこからの眺めは最高だ。
確かに、世の中を見るぼくの視点は型破りかもしれない。しかし、遺伝性疾患を人間の基本的な生態を理解するためのテンプレートに据えたおかげで、ぼくは、一見無関係な分野を結びつけて画期的な発見を成しとげることができた。このアプローチにより、従来の薬剤が効かないスーパーバグ(耐性菌)を標的にする「シデロシリン」という新たな抗生物質が発見できただけでなく、健康増進を目的としたバイオテクノロジー関連の発明で10を超える国際特許を獲得することもできた。
ぼくはまた、世界最高の医師や研究者と共同作業をする幸運にも恵まれてきた。だれも遭遇したことのない非常に稀で複雑な遺伝子疾患の症例に、直にたずさわることもできた。そして長年にわたる仕事を通して、何百人という人々が、この世でもっとも大事な命――彼らの子供たちの命――を託してくれた。
ぼくは、これらすべてのことを心底真剣にとらえている。
だからと言って、この本の内容は辛いことばかりではない。もちろん、これから見ていくことには心が痛む話もあるだろう。本書のコンセプトの一部は、あなたの深い信念を揺るがすものになるかもしれないし、ぞっとするような考えにも出会うだろう。
けれども、この驚くべき新世界に目を向ければ、あなたは頭を切りかえることができる。自分の生き方を見直すきっかけが得られるかもしれないし、遺伝学的な観点から、自分が人生の今の瞬間にどうやって立ち至ったのかを考える拠りどころにもなるだろう。
そしてこれだけは約束しよう。本書を読み終えるころには、あなたのゲノムすべて、そしてそれが形づくってきたあなたの人生がまったく違って見えるようになる、と。
さあ、遺伝というテーマをまったく新しい見地から見ていく準備が整ったら、人類のさまざまな共通の過去から、現在の困惑に満ちた数々の瞬間を縫って、希望と危険に満ちた将来へと続く道をぼくに案内させてほしい。
そうするなかで、みなさんをぼくの住む世界に招待し、ぼくが遺伝的に受け継いだものをどのように見ているか知っていただこう。まずは、ぼくが物事をどう考えるかについて、具体的に紹介したい。というのは、遺伝学者の考え方がわかれば、これから見ていく世界に入りやすくなるからだ。
そして、ぜひお伝えしたいことがある――遺伝子の世界は心躍る場所で、あなたは厖大な発見の時代がまさに幕を開けようとするときに本書に巡りあったのだということを。ぼくらはどこからやってきたのか? ぼくらはどこへ行くのか? ぼくらは何を手にしたのか? ぼくらは何を与えるのか? こうした疑問は、まだだれも解明していない。
これが、ぼくらのすぐ目の前にある、たとえ避けたくとも避けられない未来の姿だ。
そしてこれこそが、ぼくらが引き継いだ「遺産(インヘリタンス)」なのである。