タイムマシンがないと
反事実は作れない?

 「反事実」は因果推論の最も重要な概念なので、例を使って詳しく説明しよう。

 あなたは、全国にチェーン展開しているジュエリーショップを経営する企業の広報部長だとする。売上を伸ばすために広告を出すことを考えている。

 幸いなことに、二枚目俳優を用いたとても魅力的な新聞広告ができた。掲載時期もクリスマスに合わせ、12月の上旬に決まる。

 あなたの思惑どおり、広告を出した後に劇的に客足が増え、売上が前年同期比で30%増加した。予約が殺到し、従業員はフル稼働している。

 あなたはこの状況を喜ばしいと思うだろう。そして、社長の前でこう言うに違いない。「今年の売上は前年同期比30%増です。これは(私が企画した)新聞広告の効果です!」

 しかし、少し立ち止まって冷静に考えてみよう。広告と売上のあいだには、本当に因果関係があるのだろうか。

 「広告を出したから売上が伸びた」(因果関係)わけではなく、「実は広告を出していなかったとしても売上は伸びていた」(相関関係)だけかもしれない(「因果関係」と「相関関係」の説明は第1回)。

 広告と売上のあいだに因果関係があるかどうかを知るためには、どうすればよいのだろうか。

 やや非現実的な想像をしてみよう。読者の皆さんは、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」をご存じだろうか。1980年代に人気を博したSF映画で、科学者が発明したタイムマシンが登場する。

 このタイムマシンを使えば、「広告を出したから売上が伸びた」という因果関係があると証明できる。

 図表1を見てほしい。あなたの企業が広告を出す。このときクリスマス商戦の売上は1500万円だった(事実における売上)。
 そのことを見届けた後で、あなたはタイムマシンに乗り、あなたの企業が広告を出したタイミングまでタイムスリップをする。そして今まさに広告を出そうとしている過去のあなたを思いとどまらせた。このとき、クリスマス商戦の売上は1000万円にとどまった(反事実における売上)。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でわかる因果推論

 これなら、まぎれもなく広告を出したから売上は伸びた、すなわち広告と売上のあいだに因果関係があると言えるだろう。

 つまり、タイムマシンが使えれば、「もし広告を出さなかったら」という反事実における売上を知ることができ、広告と売上のあいだに因果関係があるかどうかを確認できる。

 それだけでなく、広告にどのくらいの効果があったのかも知ることが可能である。広告を出したときの売上である1500万円から広告を出さなかったときの売上1000万円を引いた500万円が、広告によって伸びた売上であり、これを広告の「因果効果」と呼ぶ(注2)。

 ここで1つ問題がある。現実には、事実は観察できても、反事実は観察することができないということである。

 バック・トゥ・ザ・フューチャーに出てくるようなタイムマシンはいまだ空想上の産物であり、過去に戻って広告を出さなかったときの売上がどうなったのかを見てくることなどできないからだ。

 ハーバード大学の統計学者で因果推論を体系化した第一人者であるドナルド・ルービンは、これを「因果推論における根本問題」と呼んだ。

 しかし、因果関係を明らかにするためにはどうしても反事実が必要となる。そのためにどうすればいいか、次回から解説する。

注2 「因果効果」のことを「処置効果」と呼ぶこともある。