NHKが育てた営業マンとしての基礎

 そうした違法動画の取り締まり時に使う画像や音声の認識技術を活用し、新たな収益源となるサービスを実現させようと、林は折に触れて、民放各局の役員や技術スタッフを訪問。スマホとの映像同期サービスを提案してきたが、当初の反応は「決して良くなかった」という。

 そうした中で、テレビ朝日と手を握ることができたのは、林が30年以上にわたって築き上げた営業マンとしてのキャリアと、放送局への深い造詣があったからだ。

 林の社会人としての振り出しは、ソニーだ。防衛大学校で航空工学を学んでいた林は、ソニーのエンジニア募集を知り、「門外漢かなと思いつつも試験を受けたら、通ってしまった」という。

 ただ、配属先が神奈川県の厚木工場と聞いた直後は、「生産部門にでも行くのかと勘違いし、本気ですぐに辞めようかと思った。ただ工場に行って初めて、放送機器の営業部門だと分かり胸をなで下ろした」と笑いながら話す。

 当時のソニーは製品に絶対的な自信を持っており、「営業マンを組織立って育てる文化はなく、カタログでも読んでおけというような雰囲気だった」と振り返る。

 右も左も分からない状況で、営業に行くと、VTRの再生機器など数千万円分の放送機器の見積もりをポンと依頼され、驚いた。

 理由を探ると、他のメーカーが鉛筆をなめるようにして見積額を出すのに対して、ソニーは最初から価格表を渡して個別機器の価格を透明にし、その代わりに一切の値引きをしないという営業スタイルをとっていた。それが顧客の支持につながっていたのだ。

 強気の営業だが、オーダーメードで一点物が当たり前だった当時の放送機器業界で、慣習をぶち壊すように「ソニーはベルトコンベヤーでいち早く量産したことで、品質のバラつきが少なく、アフターフォローをしやすかったことも利点として大きかった」。

 面白いように注文が入るが、放送現場の実情を知り、取引先のニーズを最大限くみ取って提案につなげるという、営業マンの基礎が身に付きにくい。

 そんなとき、放送現場や機器のイロハを丁寧に教え込んでくれたのが、NHKのスタッフたちだったという。