エスノグラフィックリサーチは、元々文化人類学の研究で使われていたものです。数週間から数ヵ月に渡って、研究対象となる人々と生活を共にし、質疑応答ではなく、共感と観察を通じて、その人々の文化や習慣を調査するという手法ですが、ビジネスの文脈でも使われるようになってきました。

 これは実は新しい考え方ではありません。たとえば、スーパーマリオブラザーズの生みの親である任天堂の宮本茂さんは「肩越しの視線」を重視していたといいます。プロデューサーであるご自身が「プレイヤーはこうプレイするはずだ」という仮説を持ちながら、これまで開発や企画に携わっていない「素人」に開発中のゲームをプレイしてもらい、肩越しに様子を見ることで、一般のプレイヤーがどのように遊ぶのか、どこで引っかかるのか、なぜ意図したように動かないのか、といった点を徹底的に洗い出し、そこに対する解決策や改善策を出して、ゲームをつくっていった、と言われています。

 ここで2つ重要なことがあります。1つは宮本さんのような天才であっても、自分の仮説は間違っているかもしれないと考え、ユーザーに対して真摯に向き合っていたということ。もう1つは、ユーザーの行動やその結果としてのKPI(重要業績評価指標)を見ると、もともとサービス提供者が持っていた仮説とのギャップが必ず出てくるので、そのギャップを認識するということです。

潜在的ニーズを探るためには
ユーザーを観察するしかない

 でも、潜在的なユーザーニーズを捉える段階で、ユーザーに実際に使ってもらえるサービスやプロダクトが形になっていないのに、どうやって観察するのか、と疑問を持つ方がいらっしゃるかもしれません。

 結論から言うと、サービスやプロダクトが形になっていない時点では、質疑応答を通じてユーザーを観察するしかありません。とはいえ、質疑応答と言いながら、実は回答内容自体はそこまで重要視していません。対象者はなぜこの回答をしたのか、その背景はなんだろう、という点にフォーカスしながら、その人を観察すると言ったほうが正しいかもしれません。

 したがって、ここでは細かな質問項目を事前に決めることはありません。キークエスチョンや全体のアウトラインを事前に設定し、対象者の属性情報を元に行動様式や思考が特定できる具体的な質問を考えます。 また、準備でいうと、私たち自身は、 5~10分程度で実施できるエクササイズや、わざと抽象度の高い質問を準備し、対象者の思考の仕方や、価値観をあぶり出す工夫をするようにしています。こうすることで、単純な質疑応答ではなく、観察の色彩が濃いエスノグラフィックリサーチができるのです。

 エスノグラフィックリサーチでは共感が重要といわれます。対象者が意識しているかどうかはさておき、年齢や性別、住環境や職業などが回答に影響を与えていることは非常に多く、インタビュアーが少しでも対象者の立ち位置に近づくことで、回答に共感することができます。