すでに“汚染疑い牛”の多くは消費されている。早期の不安払拭が強く求められる。
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 福島第1原発事故後に収穫した稲わらを与えた肉牛から、基準値を超える放射性セシウムが検出され混乱が広がっている。7月19日、政府は福島県内で飼育されている肉牛の出荷の全量制限を決めた。

 7月20日現在で、問題となった稲わらを肉牛に与えたのは福島、宮城、新潟、山形、岩手、秋田、群馬、静岡、岐阜県の農家。約1200頭がすでに出荷された。うち福島県の農家3戸が出荷した肉牛からセシウムが検出された。農林水産省は21日までに、東北・関東の1都10県で原発事故後に収穫された稲わらの使用状況について農家への全戸調査を行う。また全国のそれ以外の府県についても農協経由で調査を行う。調査で実態が明らかになるにつれ、今後出荷制限範囲が拡大する可能性もある。宮城県や秋田県などは肉牛の全戸調査に踏み切り、岩手県では汚染疑い牛の出荷自粛を要請した。

 そもそも「事故後に収穫したり屋外にあった稲わらを使用しない」との国の通達は、原発周辺県に3月19日に文書で行われていた。

 しかし「農協、各生産団体を通じて告知したはずが、震災直後の混乱やガソリン不足などで移動がままならなかったこともあり、結果的に通達そのものを知らない農家も多かった」(福島県)ため、今回の事態となった。福島県内の牛肉産量の9割は県外で消費されている。被災地支援のため優先的に同県産牛肉を仕入れていた業者も多く、影響は全国に拡大した。

 消費者心理への影響は甚大で、肉牛生産者、卸、小売り、外食などへの影響は必至だ。

 小売りは対象となった商品の返品を受け付けるほか、検査体制や産地表示体制の拡充に追われている。イオンは、国産牛販売量の4割を占めるプライベートブランドと東北・関東1都10県の牛肉全量につき、表面のみならず、肉の検体を取り出し機械で分析する。イトーヨーカ堂も、全店で、国産牛の県産表示を実施するなど対応に追われた。

 卸には福島県産牛の返品が相次ぐうえ、福島県産のみならず「牛肉全体の価格が過去最大レベルで暴落している」(食肉中卸業者)。たとえばさいたま市中央食肉卸売市場では、7月20日の和牛A2クラスの価格は1キログラム当たり441円。7月4日には同1057円だったから、わずか2週間で半値以下に暴落したことになる。同市場で豚肉は中クラスで445円で取引されており、いまや牛肉は豚肉並みの価格まで落ちた。「この価格が続けば倒産するしかない」という卸業者もある。原発事故の賠償が、生産者以外にも行われる確証は現段階ではない。

 セシウム汚染牛を仮に食べても「ただちに健康に影響はない」とされている。だが、牛肉全体に対しての不安が払拭されない限り、事態はいっそう混迷しそうだ。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 須賀彩子、鈴木洋子)

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