どれだけ国を挙げて働き方改革を志向しても、ブラック企業やパワハラがなくなる兆しはない。その元凶は、日本人の心の奥深くに根ざしている価値観によるものだ。(東京大学東洋文化研究所教授 安冨歩)
今井絵理子議員の不倫騒動に見る
日本人の魂に食い込む歪んだ価値観
先日、自民党の今井絵理子議員の不倫騒動が起きました。好きな人と一緒にいたいと思うのは人間の当然の心理ですから、私はそれ自体は何ら問題ないと思います。しかし、一緒にホテルに泊まったのは「深夜まで演説の原稿を書いていた」からだと、幼稚な嘘をついて言い逃れした点に、安倍政権の本質を見て暗澹たる気持ちになりました。しかし、どうやら多くの日本人は、違うポイントを問題視していたようです。
シングルマザーで、障害を抱えた子どもがいるのに不倫をしていたのが不届き千万だ、というのです。「大変な苦労をしているシングルマザーだ、というので投票したのに、チャラチャラ不倫してたなんて、裏切りだ!」といったところでしょうか。
不倫したかどうかよりも、主権者である国民の信託を受けた国会議員が嘘をついたという方が、よほど大問題のはず。なぜ彼女がこんな見え透いた嘘をついたのかというと、「立場」上、そう言わざるを得なかったからだと思うのです。ここに、日本人の魂に食い込む「立場主義」の根深さを感じました。
日本は、実のところ民主主義の国ではありません。基本的人権に基づいて、国民一人ひとりが尊重されることはなく、代わりに尊重されるのは「立場」です。日本の「民主主義」が意味するところは、「すべての立場は尊重されねばならない」です。この、日本立場主義人民共和国の憲法は、以下です。
前文:立場には役が付随し、役を果たせば立場は守られる
第一条:役を果たすためには、何でもやらなければならない(国民の義務)
第二条:立場を守るためだったら、何をしても許される(国民の権利)
第三条:人の立場を脅かしてはならない(国民の倫理)