我々は、日常生活の中でよく「あの人は頭がいい」「知性(インテリジェンス)が高い」といった表現を用いる。しかし、その場合の頭の良さ、インテリジェンスとはいったい何を意味しているのだろうか。それは努力によって向上できるのか。また、そもそも実質的な意味を持つ言葉なのだろうか。英国が世界に誇る脳科学者のジョン・ダンカン博士に、知性のメカニズムについて聞いた。(聞き手/ジャーナリスト 大野和基)

――「頭のいい人」と「それほどでもない人」の差はどこにあるのか。

ジョン・ダンカン(John Duncan)
英国のケンブリッジ大学とバンガー大学の名誉教授。オックスフォード大学の客員教授、王立協会および英国学士院の会員でもある。30年以上にわたって人間の脳と心の関係を研究。近著に『HOW INTELLIGENCE HAPPENS』(和訳本「知性誕生」早川書房)

 心理学者のレイモンド・キャッテル(1905~1998年。イギリス生まれの心理学者)の言葉を借りれば、知能は「流動性」知能と「結晶性」知能に区分して考えることができる。前者は、計算したり、空欄に当てはまるものを考えたり、情報を処理して何かを生み出す知能のことだ。いわゆる「頭の回転がいい」といった特徴のことであり、これは20代半ばをピークに衰えていくと言われている。一方、後者は物知りというか、言語的な知識の蓄積がものをいうような課題に対処する側面を指し、老年期にいたるまで伸び続けると言われている。

 このうち流動性知能の水準は、およそ20分間のテストで測ることができる。そのテストの結果だけで頭の良し悪しを判断することは必ずしも正しくないが、結果があまりよくない人については、以下のようなことが起こっていたかもしれないと推察することは可能だ。それは、スリップしている車のように空回りしているかもしれないということ、あるいは問題が大きすぎて脳の活動が何も起きていないかもしれないということだ。

 ちなみに、人生で難問に直面したときに、そういう心理状況に陥っていると感じる人は多いだろう。ときにはありとあらゆる可能性を探しているだろうし(そういうときは、脳は活発に動いている)、あるいは、まったくアイデアが出てこないときもあるだろう。難問に直面すると、脳のシステムが非常に活発に動いていることもあるし、まったく作動しないこともあるのだ。

 かなり質問からずれてしまったかもしれないが、言いたいことは、頭の良し悪しの線引きは、一言ではなかなか答えられないということだ。すべては文脈や背景、前後関係といったコンテクスト次第であり、誰もが相対的に強いところや弱いところを持っていて、強いところは頭がいいと言える。

 しかし、それぞれのパフォーマンスに特有のことがあるとしても、それを超えて何に対しても発揮される能力があるのも事実だ。そのことを説明するために、チャールズ・スピアマン(1863~1945年。イギリスの心理学者)は、ある因子が脳の中にあって、それがいろいろな認識活動の助けになると説明した。これは、拙書「How Intelligence Happens」(邦訳本『知性誕生』)の大きなテーマのひとつでもある。