名刺に見る定年前後のギャップ

 作家の重松清氏に『定年ゴジラ』(講談社文庫)という作品がある。会社を退職したばかりの男性が互いにあいさつする場面で、「二人は同時に上着の内ポケットに手を差し入れた。しかし、ポケットの中にはなにも入っていない。(中略)もはや名刺を持ち歩く生活ではないのだ。二人は顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑いを浮かべた」と書かれている。組織に長く依存してきた元会社員の姿を見事に描いている。

 定年退職すると使わなくなるものは結構ある。背広、ネクタイ、カッターシャツ、定期券や身分証明書もそうだ。しかし一番大きいものは名刺だろう。

 会社員から転身した人たちにインタビューしていて気がついたのは、会社での立場を失った時に名刺について言及する人が多かったことだ。

 長年勤めた百貨店をリストラで退職した元店長のAさんは、「名刺を持たずにビジネス街を歩く自分が、はじめは許せなかった」と語り、損害保険会社の管理職からカウンセラーとして独立したBさんは、「会社員時代の肩書のいっぱいついた名刺よりも、個人と個人で交換する名刺が、いかに大切かがわかった」と言う。

 外車販売の管理職からギタリストに転じたCさんは、自分の出発点であるストリート演奏にこだわっていて、「以前は、企業の名刺や肩書があって初めて自分を認めてもらえた。今は何者ともわからない自分の演奏に人が足を止め、音楽を聴いてくれる。その人たちからいただく投げ銭は重い」と語ってくれた。

 会社員が名刺にこだわるのは、名刺が自分の立場をコンパクトに説明するツールであり、それを通して会社と自分の存在とを一体化させやすいからだろう。

 名刺には、勤務する会社名、所属部署、役職、電話、メールアドレスなど、必要最小限の情報がコンパクトに収まっている。名刺さえあれば、あらためて自分のことを説明する必要はない。そして会社は、組織を合理的・効率的に運営するために、社員に名刺を携帯させて、自社の社員であることの意識づけをしている。

 社員自らも、組織に自己の存在を埋め込んでいるので疑問も抱かない。同時にそういう一面的な立場を維持して、主体的なものを切り捨てることが昇進や昇格と結び付いてきた面もある。

 また単に個人の受け止め方の問題だけでなく、日本社会自体が名刺や所属や肩書を重視する組織中心の社会でもある。そして定年後は名刺や肩書はなくなり、組織から完全に離れるのである。

 名刺を一つの例として見てきたが、このような定年前と定年後のギャップが問題の本質だといえるだろう。