1960年、アメリカはいわゆる「ドル危機」に見舞われ、ドルの価値への不信は世界経済に大きな影響を及ぼした。本稿は、ドル危機の原因はもちろん貿易収支の悪化にあるが、それは輸入の増加ではなく、輸出の不振であったとする。そして、輸出が伸び悩む理由を世界経済の構造変化に求め、企業には何よりも競争力が必要であると論じた。
いまや、当時では考えられないほどに経済のグローバル化は進み、企業のあり方や取り巻く環境にも大きな変化はあったが、保護貿易主義への警告、海外進出に求められる姿勢、選択と集中の視点、競争力は足下にあるという指摘など、いまにも生きる真理である。
「ドル危機」の真の原因
アメリカが国際経済において不動の地位を誇っているように見えたのは、いまからほんの2年前のことである。当時、斯界の権威であるジェフリー・クロウサー卿――『ロンドン・エコノミスト』誌の編集長を引退したばかりである――をして、「ドル不足」を「世界経済学において、将来的にも続くであろう唯一の不変的事実」と言わしめた。
前途に潜む危険について、あえて警鐘を鳴らした者も少数ながらいたが、「いたずらに不安を煽っている」と鼻であしらわれた(注1)。しかし今日、ドル不足に代わって「ドル危機」が国際経済の中心問題になっていることに疑いを差し挟む余地などあるだろうか(注2)。
言うまでもなく、ドル危機の根底にある問題はアメリカの貿易収支である。貿易外支出は、絶対的にも相対的にも増加してはいない。例外は短期的な「変動資本」の動きだが、これは国際収支の原因というより、結果にすぎない。
真の問題は明らかに、輸入の極端な増加ではなく、輸出の立ち後れである。いくつか事実を検討してみよう。
●1953年以来、輸入量は年率5%で増加している。なお、53年は第二次世界大戦後の復興がほぼ終わり、朝鮮戦争の影響が落ち着いたという意味で、戦後になって最初の「普通の」年であったといえる。だが、アメリカや他の先進諸国の経験に照らせば、予想したほど急激な増加というわけではない。工業原料と工業資材の輸入量(アメリカの輸入量全体の3分の2を占める)は、GNP成長率の1.5~2倍のスピードで増加する傾向を見せてきた。
●対照的に輸出は、GNP同様、緩やかな伸びにとどまっており、53年から59年にかけての平均成長率は3.5~4%だった。とはいえ同時期、他の自由世界諸国は年率6~7%の勢いで経済成長を遂げていた。
【注】
1)ドラッカー自身の論文 "Realities of Our World Position," HBR, May-June 1959.(邦訳「一国繁栄の終焉」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2003年11月号)も、迫り来る「ドル危機」の脅威に対する警告の先駆けだったのではないだろうか。
2)1960年第2四半期頃から急激にアメリカの「金」が流出し始め、それまで国際通貨として絶対の信用を誇っていたドルの価値に対する不信を煽り、金価格の問題、各国通貨の問題、国際決済機構の問題に熾烈な論争を呼び起こした。