例えば、認知症の父親がいて、認知症の知識を収集し、家族で共有しなければいけない。兄は認知症の書籍を3冊買ってきた。ところが、読んでみても、姉には難しくてわからない。

「あんた、読んで」

 兄は、引きこもっていた弟に、本を渡した。しばらくして、弟はこう兄に教えた。

「3冊とも、同じようなことが書いてあったよ」

 これは、自分の知識のためではない。兄のために読んであげたのだ。

 そこで、若島氏は「お父さんを病院に連れて行くということで、外に出していきましょう」と、アドバイスした。

 そんなとき、3・11の震災が起きた。

 若島氏は、担当のケースワーカーに「ボランティアが必要だ、と言ってくれないか」と、お願いした。

 すると、本人はボランティアのために駆けつけて来た。彼はいまも、NPOでボランティア活動を続けている。

「彼は働いていた経験があるのに、引きこもっていた。プライドが高くて、自分のために、レジ打ちはできない。しかし、他人のためであれば、プライドを傷つけないのです」 

家族が当事者に「助けて」と頭を下げられるか
脱引きこもりのため周囲がすべきこと

 若島氏は、家族援助で必要なこととして、こう指摘する。

① 何ができるかをピックアップしていく作業。
② 震災が起きたというドタバタの中で、その方法を使えたかどうか。

 若島先生はこう続ける。

「震災が起きると、どの引きこもりのケースでも、変化は起きているんです。例えば、家族関係の変化。被災の度合いが強いほど、コミュニケーションを取らなければいけない。電気や水道などのライフラインが不通になっている間は、食糧も並ばなければ手に入らない。いつもと違う状況になったことで、コミュニケーションが取れる。大事なのは、その状況を利用できたかどうか。それによって元の状態に戻るのか、引きこもり期間が終わっていくのか、大きく分かれました」

 震災が起きると、家族関係が変わって、結びつきが強くなった。しかし、そのときに利用できる資源を持っていて、外部から働きかけなければ、なかなか変化は起こせない。

「家族間では、内側の発想でしか対応できない。内側で変化を起こそうと思っても、変えれば変えるほど、結果は同じになる。つまり、内側で何かをやろうと思っても、堂々巡りになるだけなのです」(若島氏)

 あるクラスの中で、要素をいろいろ換えてみても、何も変わらない。クラスとは、問題の単位であり、変化とは、クラスを換えることだ。