文化遺産的色彩の強い築地市場をなぜ移転?

 今週私は東京にいるのだが、連日海外からのお客さんが日本を訪れている。

 この一週間でスイス、アメリカ、イタリア、香港、韓国の友人が来たのだが、お目当ては言うまでもなく桜だ。先週は寒気で桜の開花が遅れ、みな“花見”ではなく、“つぼみ見”だけして帰ることになったが、今はまさに桜満開。代々木公園を散歩しても皇居の周りを走っても、桜のあまりの美しさに、頭とハートがぽーっと温かくあるのは私だけではあるまい。

 それにしても、日本は観光資源に恵まれている。伝統豊かな社寺仏閣に加え、お客さんに対する極めて丁寧な親切文化は、重ね重ね素晴らしい。それに加えて美味しい食事と、それを可能にする豊かな海産物と美しい四季。しかし東京を訪れる人が最も喜ぶのは、なんといっても築地市場である。

 昨日も香港人とスイス人の友人と築地市場を訪れたのだが、彼女たちは目を輝かせて市場の活気と魚屋さんとの交流を楽しんでいた。あの二輪カートに乗せてくれて場内を一周してくれるおじさんがいたり、卵焼きの食べ方をやたらと説明してくるおじさんがいたり。単に可愛いらしい外国人女性と話したかっただけな気もするが、“外国人をもてなしたいスピリット”が強い人が多く、外国からのお客さんと一緒に歩いてると、あちらこちらで“出血大サービス”を受けることも多い。

 そんな上機嫌だった彼女たちが激怒したのが、築地市場移転のニュースだ。いわく、これほど歴史があって文化的で、活気と風情にあふれた場所がなぜ移転するのか、と。その移動先で綺麗なモールと清潔なフロアでLEDライトに照らされた魚なんて誰も見たくない、と。この世界に冠たる築地市場は長年の歴史の積み上げがその存在を特別なものにしているのに、このローカルの人々は、自分たちが何を失おうとしているのか分かっているのか、と。

 私も今更ながら、なぜ築地市場という最も人気のある、文化遺産的色彩のある市場を移転しなければならないのか、おさらいしてみた。その“移転理由”を調べてみると、施設の老朽化と衛生問題、そして運送上の効率性らしい。品質保持の問題が挙げられていたり、築地が都民の食生活を支える役割が果たせなくなる、震災の影響はどうなるのだ、などもうわけのわからん議論が展開されていて驚くほかない。

 この説得力のない議論の数々はまさに“Give me a break!!(ええかげんにしてくれ!)”といった感じである。移転に伴い大きな利権が動くのだろうが、世界的スタンダードで見れば築地市場は立派に綺麗で美しく、清潔で比類なき文化価値を有しているのに、重ね重ね残念だ。

 少し前、ホテルオークラの取り壊しの時に、海外から文化保全運動が起こって注目を浴びたが、「古くからの伝統」に対する値段を、日本はつけ間違えているのではなかろうか。

 観光立国を目指し、観光業が数少ない成長産業であるのに、最も人気のある伝統文化遺産を、本当に“市場の効率性”のために廃棄するのであれば、これほど惜しいことはない。