創業家の行動も間違ったものではない

――創業家側が株主総会で合併について反対票を投じた事についてどう感じましたか。

 創業家と財団の関係は横に置いて、株主が経営に反対して反対投票する、解任請求する、解任の株主総会を開いて反対の議決をする、あるいはプロキシーファイト(※5)までする。それは自由ですよ。株主は自身の利害に基づいて動けば良いのであって、それが上場資本主義のよくできているところの一つだと思います。

――創業家と経営側のミスコミュニケーションなど、両者の感情のもつれを含めて、株主が1票をどう投じるかは自由ということですね。

 行動経済学(※6)が最近明らかにしていますが、ホモ・エコノミクス(※7)のような人間はこの世にいないということだと思います。

 仮に創業家が感情的だったとしても、それは当然でしょう。外側からは想像することしかできませんから、もちろん当たっているのかどうか分かりませんが、仮に出光昭介名誉会長が、父親の出光佐三が創業した会社を上場させた自分の不甲斐なさへの残念な気持ち、父親に対する申し訳なさの思いをお持ちだとしても、それにはなんの不思議もありません。最終的にその「つけ」がこういう形で回ったと仮に思われているとしたら、改めていかに創業者は偉大であったかということです。

 ですから、僭越なことですが、仮にそれに比べて自分は父親の期待に沿うことができなかったなど色々複雑な思いをお持ちになるとしても、これまた少しも不思議ではありません。真実はそうではなく、経営に対してビジネスとして許せないという強い信念でいらっしゃるだけだとしても、これも当然あり得ることです。程度の差はありますが、いずれにしても人間が感情の動物であるのは当たり前です。ホモ・エコノミクスなんてナンセンスです。個人が純経済的に合理的だと外からは見えないとしてもそれは全く構わない。