その意味で、今回小池代表が、改憲や安全保障政策といった基本政策の一致で、民進党候補者を「選別」したことは、間違っていない。国民の根強い「寄り合い所帯」に対する不信感がある以上、それを払拭することが、政権を担当する政党たり得る資格を得る、第一歩なのである。

 また、野党陣営を分裂させたことで、安倍政権倒閣の好機を逸したという批判も的外れだろう。これまで以上に露骨な「寄り合い所帯」の形成を目の前に出されても、国民が喜んで選択してくれるはずがない。野党が分裂しなければ、多少は議席を増やせるのは事実だ。しかし、コアな野党支持層は固められても、政権交代に必要な国民の多数派「中流層(消極的保守支持層)」(2917.9.16付・P2)の理解はむしろ遠のき、「万年野党化」が進んでしまう。それは、安倍政権の国政選挙4連勝が証明している(2016.7.19付)。

「自称リベラル派」立憲民主党への支持は
本当に盛り上がっているのか

 小池代表が厳しく批判されて、「希望の党」への期待が次第に萎んでいる一方で、排除された「自称リベラル派」が結成した「立憲民進党」の支持が高まりつつあるという。改憲・安保法制などへの賛成を求めた小池代表の「踏み絵」を踏まなかったことが、「筋の通った行動」と評価されているのだという。

 だが、彼らのどこが筋が通っているのか、正直よくわからない。そもそも、「自称リベラル派」のほとんどが「希望の党」の公認を得るつもりだった。前原代表が「みんなで希望の党に行きましょう!」と演説した時、みんな拍手喝采していたではないか。小池代表が「保守色」が強い政治家であることは、百も承知であったはずなのに、「基本政策の違いなんか、大したことない。とにかく小池代表の人気にあやかって、当選することだ」と軽く考えていたのである。

 彼らは、「基本政策の不一致」を理由に、希望の党から公認を得られないことがわかってから、慌てて騒ぎ出したのだ。「筋が通っている」というならば、前原代表が最初に「合流案」を提案した時に、反対すべきだったではないか。この過程を時系列的に整理し直してみれば、「自称リベラル派」の行動こそ、実は筋が通っていないのである。

 リベラル色の強いメディアや識者が「リベラル派の再結集だ!」と、少々興奮気味になっている。だが、本当にリベラルの勢いは増しているのだろうか。安保法制への反対運動が盛り上がっていた時、「自称リベラル派」は「一億人が安保法制に反対している」と主張していたが、各種世論調査で法案への反対はせいぜい50%だった。どう贔屓目に見ても、国論を二分している状態であり、全国民が反対ではなかった。また、安保法制反対のデモは盛り上がっているように見えたが、参加した人は、国民全体のわずか3%だった(2015.9.19付)。