人は「好きなことが得意なこと」になり、それ以外のことは「やってもできない」写真はイメージです

作家であり、金融評論家、社会評論家と多彩な顔を持つ橘玲氏が自身の集大成ともいえる書籍『幸福の「資本」論』を発刊。よく語られるものの、実は非常にあいまいな概念だった「幸福な人生」について、“3つの資本”をキーとして定義づけ、「今の日本でいかに幸福に生きていくか?」を追求していく連載。今回は「自己実現と幸福」について考える。

 アメリカの心理学者アンダース・エリクソンは、ベルリン芸術大学の協力を得て、バイオリン専攻の学生を3つのグループに分けました。

第1のグループは世界的なソリストとしてのキャリアを歩む可能性がある「Sランク」、第2のグループは非常に優秀であるがスーパースターほどではない「Aランク」、第3のグループは演奏者をあきらめてバイオリンの教師を目指す「Bランク」の学生たちです。そしてエリクソンは、彼らの時間の使い方を調べてみました。すると、グループごとに大きなちがいがあったのです。

優秀なバイオリニストは個人学習から

 まず、一般的な音楽大学の入学年齢にあたる18歳までに彼らが練習に費やした時間を合計すると、「Sランク」の学生は7410時間で、「Aランク」の5301時間、「Bランク(音楽教育専攻の学生たちの平均)」の3420時間よりも圧倒的に多いことがわかりました。これはトップクラスの学生たちが、もっとも誘惑の多いティーンエイジャーの時代にきびしい練習スケジュールを維持してきたことを示しています。

 これだけなら当たり前だと思うでしょうが、それぞれの学生がいまどの程度の練習をしているかを調べると、さらに興味深い結果が明らかになりました。

 3つのグループが音楽関連の活動にかける時間は週に50時間以上で大きなちがいはなかったものの(課題の練習にかける時間もほぼ同じでした)、上位2つのグループは、その時間の大半を個人練習にあてていたのです。――具体的には1週間で24.3時間、1日あたり3.5時間。それに対して「Bクラス」の学生が個人練習にあてる時間は1週間に9.3時間、1日あたり1.3時間だけで、それ以外ではグループでの学習でした。