名称変更当時を振り返るJリーグの村井満チェアマン Photo by Yoshihisa Wada

「決勝戦前日のイベントを飯島さんが急遽欠席したんです。当日のキャンセルに近かったかな。普通なら考えられないんですよ。だから、何か尋常ならざる雰囲気を感じていました」

 そう話すのは、Jリーグの村井満チェアマンだ。スポンサー企業のトップとして欠かすことのなかった行事の欠席だけでも異例なのに、当日になってのキャンセルとあって驚きは倍増した。

「突然のキャンセルなんだとはっきり分かったのが、来賓のスピーチの時でした。急遽、違う方に任されたのですが、その方は、頭が真っ白になってしまってて。つまり、身内にもキャンセルを伝えていなかったということです。僕は、飯島さんの人となりをずっと見てきたから、人には言えないような、何かとんでもないことが起きたんだろうなと直感しました」(村井)

 飯島の人柄を考えてもまさに異常事態で、Jリーグ事務局からは交通事故の可能性や、「何か失礼があったのではないか」との声も出るほどだったという。

 後日、別件で新宿のオフィスに飯島を訪ねた村井は「ちょうどあのあたりのタイミング(決勝前夜祭)でそういう重大な意思決定をされていたんですか」と尋ねている。飯島の答えは「まさにそうなんです」というものだった。

 飯島の重大な意思決定とは、「ナビスコ」というブランドに関するもの。ナビスコブランドを保有する米モンデリーズ社との間で、交渉の最終段階を迎えていたのだった。

 その前に、まずナビスコというブランドについて解説しておかなければならない。ヤマザキナビスコカップとして、長年Jリーグが育ててきたナビスコブランドは、実は旧ヤマザキナビスコ社が保有していたものではなかった。米国にあるモンデリーズ社が保有していたもので、旧ヤマザキナビスコ社はスナック菓子の製造販売権と併せて、ライセンス契約を結んだ上で利用していたのだ。

 ところが、である。契約当初は平穏だった両者の関係が、モンデリーズ社の資本形態が変わることで変質する。