第6感は「直感」である

 脳は五感で知覚したものを認識するために、記憶を用いる。現代の神経科学は、人間が身のまわりの世界から五感を通じて得た情報を認識する際、記憶が大きな役割を果たしていることを明らかにした。

 私たちが「バラの匂い」を認識できるのは、以前にそれを嗅いだことがあるからだ。逆に、匂いを嗅いでもそれが何かを認識できないのは、その匂いを記憶していないからだ。なじみはあるが何の匂いかがわからないとき、脳は答えを突き止めるために記憶を探る。

 2000年に脳の学習と記憶に関する先駆的な研究によってノーベル生理学・医学賞を受賞した神経学者のエリック・カンデルは、受賞スピーチで次のように述べている。

「私にとって『学習と記憶』は尽きることのない魅力を感じさせるテーマだ。なぜならそれは『経験から新しいアイデアを生みだし、そのアイデアを記憶する』という、人間活動の基本的要素に大きく関わっているからだ。私たちは、この方法を通じて世界や文明を理解している。私たちを私たちたらしめているものは、この学習と記憶のメカニズムにほかならない」

「学習と記憶」は、「第6感」でも重要な役割を果たしている。第6感は、「直感」と呼ばれることが多い。

 これは、以前に同じような状況を経験しているために(たとえその状況をはっきりとは思い出せなくても)、目の前の状況に対して素早い判断をしたり、繊細な感覚を得たりできることを指す(アメリカの政治学者・認知心理学者のハーバート・サイモンは「直感と記憶」に関する研究によって1978年にノーベル経済学賞を受賞した。今日では、ゲイリー・クラインがこの分野屈指の研究者として知られている。また作家のマルコム・グラッドウェルは、ベストセラー『第1感』〈光文社〉のなかで、最新の研究成果に基づき、第6感が持つ力とその落とし穴を解き明かしている)。

 消防士、救急看護師、兵士などは、強力な第6感を持っている。すなわち、過去に何度も繰り返してきた経験に基づいて、迅速な意思決定ができるのだ。

 人は複雑なタスクを繰り返すたびに、それをうまく、素早くできるようになる。それとともに、第6感が磨かれていく。楽器やスポーツなどに本格的に打ち込んだ経験がある人は、第6感がどのようなものかがわかるはずだ。会議に途中から参加したときに、何も説明されなくても状況がわかることがあるのも、第6感の働きだ。これは、一種の「既視感(デジャヴ)」の形態をとっている。これまでに体験したことのある似たような状況を、記憶から呼び起こすのだ。