近年の東ソーは、会社の屋台骨を支える稼ぐ部門(市況の影響を受けやすい汎用品)と汎用品の稼ぎを投資する部門(高付加価値品)を臨機応変に組み替えている。

 東ソーは、約300万平方メートルの広大な敷地を有する山口県の主力工場(南陽事業所)で、海外から輸入した原塩の電気分解から始めて主要な基礎化学品、各種の誘導品(派生品)を生産し、副産物までを徹底活用するビニル・チェーンを構築した。その上で、ウレタン原料が主力となる別種のチェーン(イソシアネート)と連結させたことが固有の競争力を生んだ。

 端的に言えば、中国・上海までと、東京までの距離がほぼ同じという“地の利”を生かし、地域最大級の自家発電設備を動かして「製品Aの売れ足が鈍ければ、製品Bの増産に切り替える」という自己完結型の仕組みを構築した。

 現時点で、東アジア全域に視野を広げても、東ソーと同じような規模感で一貫生産体制に取り組む化学メーカーは存在しない。

若手に向けて過去の教訓を引き継げるか

 もっとも、東ソーの財務内容は、昨日今日に改善したのではない。

 実は、16年5月に発表した現行の中期経営計画(16~18年度)は、なんと31年ぶりに対外発表したものなのだ。ある古参幹部は、その理由を打ち明ける。「1980年代中盤以降の多角化は大半が失敗で、バブル経済が崩壊した90年代前半には、業績がガタガタになった。そのトラウマが影響していた」。

 1935年(昭和10年)に現在のトクヤマから分かれた旧東洋曹達工業は、87年にCI(コーポレート・アイデンティティ)を導入して東ソーに社名変更し、新しいコンセプトとなる「ケメカトロニクス」(素材からエレクトロニクスまで)の旗の下で、21世紀型の化学メーカーに飛躍するはずだった。

 しかし、91~93年度は3年連続の赤字決算で低迷した。最も業績が悪かった93年度は連結経常利益が171億円の赤字で、純損失は222億円に達した。その結果、約300人の人員削減に踏み切らざるを得ず、華々しく手を広げた20以上もの事業から撤退する。

 翻って現在、セグメント別に見ると、意図して進めてきたポートフォリオの組み替えは順調に推移している。機能商品の営業利益は、市況に左右されにくい安定的な稼ぎ頭に育ってきた(図(3))。加えて、過去に最大4356億円あった有利子負債は、16年度実績で1398億円にまで圧縮し、その影響で自己資本比率は52%に達した(図(4))。こうなると、大型投資の際にも資金調達がしやすくなる。

 しかし、財務改革を担ってきた河本浩爾取締役は「下期は、市況価格などの前提が上期よりも下がる」とみる。18年夏から20年春にかけて、計460億円を投じる5件の成長投資(競争力を付けるための設備増強)の実行を控えるだけに、警戒心を緩めていない。

 現時点で業績は絶好調であるが、将来的な課題はハイブリッド経営とは別のところにある。今の経営陣は、悲惨な時代を記憶するが、総じて40歳未満の社員は知らない。

 東ソーの未来は、いかにして若い世代に正常な危機感を植え付け、過去の失敗で得た苦い教訓を引き継げるかに懸かっている。