「10分間1000円」理容室到来の予言

しかし、営業マンはいなされるどころか、間合いを詰めた。

「『企業戦略の時代』、昔よく読みました」

「ああ、マイケル保田さんの本ですね」

「読まれましたか?」

「戦略系経営コンサルタント草創期のベストセラーですからね。でも、あの本、あんまり好きやないんですわ」

営業マンの軽く突き出した左ジャブにドンピシャ合わせた右フックのカウンターが顎に炸裂するかと思ったら、ゴングの音を聞いて待ってましたと割って入る名レフェリーのように、太朗さんが「どうしてですか?」と男の返事を引き受けた。

「あのな。今、理容業界、大変やろ?」

男は太朗さんに向かって説明を始めた。

『企業戦略の時代』は、戦略系経営コンサルタントの技術を紹介した、日本で最初の本だった。

その本の中で、日本の旧来のカット、洗髪、顔剃り、マッサージまで行う理容室は非効率だと酷評されていた。

それだけでなく、10分間1000円でカットだけをするスタイルの理容室の到来を予言したのだ。

「そんな予言をした人がいたんですか……」太朗さんは感心したようだった。

(つづく)

●著者:さかはらあつし
作家、映画監督、経営コンサルタント 1966年、京都生まれ。京都大学経済学部卒業。(株)電通を経て渡米し、カリフォルニア大学バークレー校にて経営大学院にて修士号(MBA)取得。シリコンバレーで音声認識技術を用いた言語能力試験などを行うベンチャー企業に参加。大学院在学中にアソシエートプロデューサーとして参加した短編映画『おはぎ』が、2001年カンヌ国際映画祭短編部門でパルムドール(最高賞)受賞。帰国後、経営コンサルティング会社を経て、(株)Good Peopleを設立。キャラクターの世界観構築など、経営学や経済学だけでなく、物語生成の理論、創造技法や学習技法を駆使した経営支援、経営者教育を手がけている。著書は、『プロアクティブ学習革命』(イースト・プレス)、『次世代へ送る〈絵解き〉社会原理序説』(dZERO)ほか。映画は、初監督作品の長編ドキュメンタリー『AGANAI』の公開に向けて奮闘中。京都在住。