スイッチオフされると安全装備は無価値になる

 転機が訪れたのは14年のこと。マツダの欧州研究開発拠点、MREの所長としてドイツへ赴任した。「車造りの本場ドイツで、安全技術への造詣を深めるきっかけになった」のだ。

 ドイツは、世界一過酷な走行環境であるといえなくもない。アウトバーンでは時速200キロメートルオーバーでビュンビュン走れてしまうが、「高速走行時でも、車の運動性能をきっちりと保てるのか。実際に猛スピードで突っ走り、急ブレーキを踏み込む経験を体感してみないと分からない」。猿渡が、車の安全性について強く意識するようになったのはこのころからだ。

 ドイツでは、御三家(フォルクスワーゲン、ベンツ、BMW)が絶大な力を持っている。「走行環境も競争も厳しいここでしっかりとした車を造ることが、世界と戦うための条件だ」と確信した。

 猿渡が、安全に関わる技術に直接触れたのもこの地だった。

 MREでは、レーンキープアシストという安全装備の開発の真っ最中だった。車が道路の白線を越えそうになると、ステアリングが自動的に作動して車が白線の内側にとどまるシステムのことだ。

 安全装備には、必ずオンとオフのスイッチが付いているものだ。「ユーザーがスイッチをオフにした瞬間に、開発が無価値なものになってしまう。にもかかわらず、レーンキープアシストのスイッチをオンにしたときにドライバーが感じる“気持ち悪さ”を解消する視点が欠けたまま、専門部署がそれぞれの開発目標をクリアするだけの“たこつぼ”の開発体制になっていた」。つまり、ユーザー志向の開発体制とは大きく懸け離れていたのだ。

 そこで、猿渡は開発改革に打って出た。「100人ほどの小さな所帯。一緒に開発すればおのずと解は出てくる」として、ドライバーの人間特性を引き出す開発姿勢を共有し、「絶対にスイッチを切られないシステムを作った」。

 安全装備のシステムは、常に100%働くとは限らない。濃霧や豪雨のときには、人間の目の役割をするカメラは働かない。それでも、ユーザーが正しい使い方、正しい理解をしていれば、最低限の安全性は担保できるし、走る楽しみにつながる──。このドイツでの開発改革が、マツダの安全装備の標準化を推進することになる猿渡の原体験となっている。