ビジネスモデルとは、顧客を喜ばせながら、同時に企業が利益を得る仕組みのこと。しかし、現在のビジネスモデルは、あまりにも利益を得る仕組み、すなわち、マネタイズ(収益化)に対する理解が少ないと言えます。経営学者の川上昌直氏は、最新刊『マネタイズ戦略』で、マネタイズの視点を取り入れることで、顧客価値提案に画期的なブレークスルーを起こせることを解説しています。今回の対談にご登場いただくのは、超個性的かつ高品質な男性用パンツを企画・製造・販売する株式会社TOOTの代表取締役社長・枡野恵也さん。2015年、創業者から引き継いで異業種からパンツ業界に飛び込んだ枡野さん。1枚4000~5000円近くするラグジュアリーブランド・TOOTのマネタイズ戦略とは?

ブランド価値を毀損するような性急なマネタイズはしないTOOTの商品を手にする枡野恵也氏と川上昌直氏

パンツ業界における0→1(ゼロイチ)、1→10(イチジュウ)とは?

川上 枡野さんは、東大法学部を卒業後にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社しています。華々しい経歴ですが、その後、転職して他の仕事も経験したあとパンツ屋「TOOT」の社長になりましたよね。まずは、社長になるまでの経緯について教えていただけますか?

枡野 学生時代はビジネスに興味がなくて、発展途上国の貧困問題解決をバックアップするために公的な仕事に就きたいと思っていました。しかしマッキンゼーが、グローバルで活躍する企業の問題解決だけでなく、公的セクターの問題解決にも携わっていることを知り、「世の中のおかしいと思うことを正せるのではないか」と興味がわいて入社しました。それで、4年が経つ頃には、「世の中を動かすのはビジネスだ」と、すっかり資本主義の申し子になりましたけど。

川上 そうでしたか(笑)。その後、オンライン英会話のレアジョブ、ライフネット生命と渡り歩きますね。

枡野 はい。レアジョブは、フィリピンの英語講師と、英語を学びたい日本人のマッチングサービスの会社で、フィリピンの発展に貢献する仕事ができると思い入社したところ、私の担当は日本国内の法人事業の立ち上げ業務でした。

 ライフネット生命は、当時、海外展開を視野に入れていたことに魅力を感じて入社しました。実際、国際推進事業に携わりましたが、韓国で合弁会社を1社設立した段階で国内回帰の動きが出てしまいました。どちらの会社でも、国際的に活躍して社会貢献したいという私の夢からどうもズレていく。この先のキャリアについて悩んでいるときに、パンツ屋の代表取締役のオファーが舞い込んだのです。それが、2015年でした。

川上 経営に興味はありましたか?

ブランド価値を毀損するような性急なマネタイズはしない枡野 恵也(ますの けいや) 1982 年大阪府生まれ。東京大学法学部卒業。2006年マッキンゼー・アンド・カンパニーに就職。その後2009年に株式会社レアジョブへ転職。法人事業を立ち上げ1年で黒字化を達成した。翌年の2010年にはライフネット生命保険株式会社に転職し、東証マザーズ上場に寄与し、韓国合弁会社設立など海外事業展開も主導した。2015年4月に株式会社TOOTの代表取締役社長に就任。http://www.toot.jp/

枡野 はい。ベンチャーを起業する憧れはありましたが、ハイリスクハイリターンをとりにいく勇気はなかった。私は、無から有を作りだすゼロイチ(0→1)タイプではないんです。でもTOOTは、その当時創業15年が経ち、「知る人ぞ知る料亭」と言いますか、すでにリピーターが8割以上になるほど固定ファンもついていました。既存顧客を大切にしながらも新規顧客に向けて宣伝していけば、ミドルリスク・ミドルリターンで勝負できると思ったのです。なにより、実際にパンツを見てデザイン性の高さに驚き、はいてみて、そのフィット感とはき心地の良さに感動しました。「こんなにいいモノが2000年に鮮烈デビューしていたのに知らなかった。もっと多くの人に知ってほしい!」と純粋に思いました。

川上 創業者がゼロイチ(0→1)で作り上げたTOOTを、引き継いだあとに、いかにイチジュウ(1→10)に拡大できるか考える。その挑戦を託されたことになりますね。

枡野 そうです。イチジュウと言うと、例えばもっと事業を拡大するために大量生産して廉価版を作ってコストを下げる方法もありますよね。でもTOOTの場合、創業者が0→1の「1」にしたのは、「こだわりぬいた匠(たくみ)のパンツを作る」ということです。弊社のパンツは、デザイン性に優れているだけでなく、機能面を見ても、フロントカップは独自の立体裁断で作られ、どんな人がはいてもベストポジションにおさまるし、それを確かな縫製技術のある日本の職人さんが国内自社工場で作っています。この本来持っている本質的な良さ、コアな部分を磨き込むことが、イチジュウに結びつくのではないかと考えました。それを象徴する商品が、今年の10月に発売した天然シルクで作られたパンツです。

シルクの良さが最大限に発揮されるのは下着

川上 実は今、そのパンツをはいています(笑)。1枚、2万円するシルクボクサーというパンツですよね。超高級下着なのに、販売開始直後は私のサイズのネイビーは売り切れ。黒しか在庫がありませんでした。

枡野 ご迷惑をお掛けしました。現在は品薄も改善されていますので。TOOTのパンツは、1枚4000~5000円ぐらいする高価格帯のパンツですが、シルクのパンツはその4倍します。にも関わらず、発売すると注文が殺到しました。生地はシルク95%、ゴムの部分にもシルクを多く使用していますので、肌に直接触れる箇所はほぼシルクでできています。実際、はいてみていかがですか?

川上 2回ぐらい洗濯しましたが、シルクの風合いはまったく変わりません。新幹線に乗って長距離移動しても、すれない、かぶれない、疲れない。快適です。

枡野 パンツの内側の肌が適温に保たれ、適度な吸湿・放湿もされるからですね。光沢感のあるシルクは、見た目もきれいなのでアウター使いされることが多いですが、人間の体に最適な吸湿性と放湿性を兼ね備え、抗菌、消臭、防臭効果もあるため、実はその良さが最大限に発揮されるのは下着なんです。

 これまでも、他社製品でシルクの男性下着はありましたが、“洗えるシルク”にするために、シルクの表面に樹脂コーティングなどを施していたので、実は化学繊維と変わりませんでした。今回、私たちが生地に使用した天然シルクは、京都にある山嘉(さんか)精練という会社が、家庭の洗濯機でざぶざぶ洗っても風合いを損ねず、強度もそのままの新素材のシルク「SHIDORI®」を8年かけて開発したもの。だから、シルク本来が持つ特長と質感が楽しめるのです。

ブランド価値を毀損するような性急なマネタイズはしない川上昌直(かわかみ・まさなお)博士(経営学)兵庫県立大学 経営学部 教授 ビジネスブレークスルー大学 客員教授「現場で使えるビジネスモデル」を体系づけ、実際の企業で「臨床」までを行う実践派の経営学者。初の単独著書『ビジネスモデルのグランドデザイン』(中央経済社)は、経営コンサルティングの規範的研究であるとして第41回日本公認会計士協会・学術賞(MCS賞)を受賞。ビジネスの全体像を俯瞰する「ナインセルメソッド」は、さまざまな企業で新規事業立案に用いられ、自身もアドバイザーとして関与している。また、メディアを通じてビジネスの面白さを発信している。その他の著書に『儲ける仕組みをつくるフレームワークの教科書』(かんき出版)、『ビジネスモデル思考法』(ダイヤモンド社)、『そのビジネスから「儲け」を生み出す9つの質問』(日経BP社)など。 http://masanaokawakami.com

川上 シルクのパンツは、「こだわりぬいた匠(たくみ)のパンツ」というTOOTの「1」を、シルクのエキスパートである山嘉精練さんという強力なパートナーを得て「10」に拡大したと言えますね。

 今回、発売する僕の本『マネタイズ戦略』では、8つの事例を取り上げているのですが、その一つが、『スパイダーマン』や『X-メン』など認知度の高いキャラクターを多く持つコミック出版社のマーベルです。同社が倒産の憂き目に遭ったとき、おもちゃ会社のトイビズが買収・再建しますが、このとき、これまで培った財産であるキャラクターを“タレント事務所化”して、ソニー・ピクチャーズには「スパイダーマン」を、20世紀FOXには「X-メン」をライセンスとして貸与したのです。イチジュウとしては、ノーリスクで大金を手にし、盤石な経営体制を手に入れた意味で大成功でしたが、ライセンスアウトは、キャラクターのブランド価値を毀損する危険があります。そこで映画を自社制作する方向にシフトした……という話なのですが、枡野さんも、ブランド価値を毀損しないマネタイズを考えていく立場になりますね。

枡野 そうですね。私の場合は、ブランドアセット(ブランドの資産)を継ぐためのチャレンジをしている側面も大きいと思っています。それは例えば、「見えないところにも手をかける」といった形で現れます。パンツの製造過程では省かれがちなんですが、アパレルではカン止めといって、縫い止まりがほつれてこないように補強する工程があるんです。弊社ではその工程を省かずにすべてのパンツにカン止めを施し、商品が長持ちするようにしています。もちろんシルクのパンツにもカン止めを施していますよ。

川上 そこまでこだわっていたんですね。お客さんにバレないところでいかに手を抜くか、利益重視主義の原価企画が求められる中で真逆の発想ですね。

枡野 はい。「2~3回洗ったら糸がほつれてきた」というパンツを作ったら、ブランドアセットは台無しですからね。TOOTは非上場企業ですから、株主から性急なマネタイズは求められていません。株主自身にTOOTファンが多いので理解があり、「ブランドが毀損するぐらいなら、時間をかけてじっくりとモノ作りをしてほしい」と言われます。短期的な結果で判断されない点は、経営者としてありがたいです。

(文・三浦たまみ、撮影・宇佐見利明)

(第2回につづく)

※次回は、12月12日(火)に掲載します。