巨額のマネーが流れ込む金融市場の構造や、人々を翻弄する価格変動のメカニズムを解き明かそうと、これまで数多くの天才たちが挑んできました。そうして築き上げられてきた「現代ファイナンス理論」ですが、それは果たして我々に何を教えてくれるのでしょうか。また、相場で勝ち続ける秘法--いわゆる「聖杯」はあるのでしょうか?『ファイナンス理論全史 儲けの法則と相場の本質』の刊行を記念して、本連載ではそのエッセンスをご紹介していきますが、初回は著者・田渕直也さんに本書執筆の狙いや、相場で勝ち続ける難しさとそのヒントについて聞きました。
批判を浴びる「現代ファイナンス理論」
現実の世界において、ファイナンス理論は、投資運用、ディーリング、高度な金融商品の組成、リスク管理など、世界中で行われている巨大なマネービジネスを支える重要な基盤となっています。その一方で、現代ファイナンス理論には、多くの批判も寄せられてきました。とくに近年、その批判は激しさを増しています。
大きなきっかけとなったのは、2008年に起きた世界的な金融危機、いわゆる“リーマンショック”です。
それは、現代ファイナンス理論は危機の到来を予測できず、それに対処する術も与えてくれなかったから。すべては誤りだったのではないか、というわけです。
歴史を辿ることでわかる理論の真のメッセージ
でも、本当にそうだったのでしょうか。
たしかに現代ファイナンス理論は、限界の多い不完全な理論です。それなのに、まるで金科玉条のごとく扱われてきてしまったという点はあるでしょう。ただし、金融市場をめぐる混乱には、理論を都合よく解釈したり、無視したりすることによるヒューマンエラーの側面も強いと考えられます。
未曽有の危機を経験した今、現代ファイナンス理論が教えてくれる本当のことは何なのか。それを改めて考え直す必要が、大いにあるのではないでしょうか。
どんな理論にも、その誕生や発展にはドラマがあります。理論がいったんできあがってしまうと、いかにも教科書的な無味乾燥としたイメージをまとうようになり、うわべだけがなぞられていくようになりますが、本当はその背後に、現実の荒波にもまれてきた生々しい歴史や葛藤が必ず存在しています。
こうした見えない部分は、教科書や授業では教えてくれないところでしょう。でも、そうした歴史的な背景や現実とのせめぎあいを見ることで、その理論が発する本当のメッセージを受け取ることができるのではないかと思います。本書の最大の眼目は、まさにその点にあります。
理論をただ理論として学ぶのではなく、現実とのかかわりの中でその真のメッセージを探るという観点から、本書では、現実の世界で大きな成功を収めた伝説の奇才たちにも多数登場してもらっています。バシュリエ、マーコウィッツ、シャープ、ファーマ、サミュエルソン、クートナー、マンデルブロ、ブラック、ショールズ、マートン、ソロス、バフェット、カーネマン、シモンズ、シラー、AWジョーンズ……等々。彼らは、現代ファイナンス理論をどのように受け止めたのか。彼らの投資手法は、理論の上ではどのように理解されるものなのか。
そうした議論からは、本書で扱うもう一つの副次的なテーマが浮かび上がってきます。 誰もが求め続けながら決して見つけられなかった“聖杯”--すなわち「相場に勝ち続ける方法」は本当にあるのか、という難問です。
この点に関しては、現段階で最終的な結論を確定させることは難しいでしょうが、限りなく“聖杯”に迫った投資家は存在します。ただそれは、多くの人が漠然と抱く“聖杯”のイメージとはかなり異なるものではないかと思います。
将来を見通せる水晶玉などは存在しません。相場に付きものの不確実性を前提とし、その不確実さの中でいかにして安定した利益を得られるのか。それを実現するには大きな発想の転換が必要です。そうした視点こそ、現代ファイナンス理論がもたらした最も大きな功績かもしれません。