ビジネスモデルとは、顧客を喜ばせながら、同時に企業が利益を得る仕組みのこと。経営学者の川上昌直氏は、最新刊『マネタイズ戦略』で、マネタイズの視点を取り入れることで、顧客価値提案に画期的なブレークスルーを起こせることを解説しています。今回から登場するのは、2009年に創業し、インターネット宅配のクリーニング業・リネットの運営を行う株式会社ホワイトプラスの代表取締役社長・井下孝之さん。現在、会員数は25万人を突破し勢いに乗る同社のマネタイズ戦略とは?

旧態依然としたクリーニング業界に<br />風穴を開けたマネタイズとは川上昌直氏と井下孝之氏。株式会社ホワイトプラスの本社にて。

 

「リアル×ネット」の実現をめざして3人で起業

川上 井下さんは、インターネットを利用した宅配クリーニング「リネット」を運営しています。クリーニング業界は、クリーニング工場とお客様の間に「〇〇クリーニング店」などの取次店舗を介することで成り立っていますが、リネットはネット宅配を実現することで、取次店舗を介さずにクリーニング工場とお客様を直接結ぶイノベーションを起こしました。旧態依然の業界慣行に風穴を開けたわけですが、井下さんは、異業種から“ヨソモノ”として参入していますよね。まずは、リネットを立ち上げるまでの経緯を教えてください。

井下 学生時代から、「何かにチャレンジして大きなものを残して死にたい」と思っていました。とはいえ、当時は考えが浅はか。「これからは太陽光発電がくるだろう」と安易な気持ちで電子工学科のある大学院に進んだのですが、安易な気持ちで入学したため怠惰な学生となってしまって勉強に熱も入っていない状態でした。ですが、ある時「世の中に価値を生み出すのに、ビジネスという形がある」という事を知り、「明確な目的もなく学生を続けてもしかたがない」と目が覚め、「一刻も早くどこかのベンチャー会社で学ぼう」と就職活動を始める契機になりました。結局、大学院を中退してエム・エム・エスという医療介護領域の情報ポータルを提供する会社に就職しました。

川上 思い立ったら、いてもたってもいられないタイプですか?

旧態依然としたクリーニング業界に<br />風穴を開けたマネタイズとは井下孝之(いのした・たかゆき) 株式会社ホワイトプラス 代表取締役兼CEO 1982年大阪府生まれ。2005年神戸大学工学部卒業、同大学院工学研究科(旧自然科学研究科)に進学。在学中の2006年7月にエム・エム・エスに採用が決まり、大学院の卒業を待たずに入社。「3年で起業」の思いを抱いて社会人生活をスタートし、勉強会で知り合った2人と2009年7月に株式会社ホワイトプラスを設立し、代表取締役兼CEOに就任。現在に至る。

井下 そういう部分はあるかもしれません、大学院も中退しましたし、起業したい気持ちが抑えられず、3年間は学ぶと決めた就職先も3年を待てずに2年8か月ぐらいで退職しました。会社にいる間は、営業、企画、新規事業、社長室を経験し、社会人1年生としてビジネスのイロハを学びながら、週末や空いた時間は同じ志を持つ仲間が運営する勉強会に参加してビジネスモデルの勉強もしていました。その勉強会の仲間と、「まずは質より量だ」と150個ほどのビジネスアイデアを出し合い、そこから「ネットの力で世の中の不便をなくせるか」「時代の流れにあっているか」「世の中を変えられるビジネスか」という視点で「ネットを利用したクリーニング」にたどりつきました。

川上 クリーニングに未充足のニーズがあると踏んだのですね。

井下 はい。コンビニは24時間開いているのに、クリーニング店は会社員が仕事を終えて帰る頃には閉まっているし、土日に時間を見つけて重い洋服を抱えてお店まで行っても、お店に行列ができていて待たなければいけなかったり。自分もユーザーの1人として「不便だな」と不満を抱いていたので、ネット宅配クリーニングのニーズはあるはずだと思いました。

川上 「世の中の不便をなくす」というのは、ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授が著書で示した、顧客が製品やサービスを買う理由は、その製品が欲しいからではなく、なんらかの用事を解決したいから、その解決策として雇うという「片づけるべき用事」という考え方に通じますね。一方、これまでクリーニング業界がネット宅配に参入できない理由もあったのでは?

井下 その通りです。会社を登記したのが大田区だったので手始めに大田区のすべてのクリーニング工場を回って提携交渉しましたが、全敗でした。「受付のおばちゃんが代わると売り上げが半分になることもある。非対面で成り立つ商売じゃない」と断られました。

川上 そうだったのですか。

井下 でも、もしかしたら、できない理由は解決すればいいだけで、解決できるかもしれないし、単に手つかずなだけなのかもしれない。そうであれば不可能を可能にしたら世の中を変革できる。そう意気込んで、非対面でも成り立つのか確かめるために倉庫兼事務所を借りて、そこを検品・発送センターとしました。サイトを作り、物流を契約し、提携工場を見つけ、クリーニング師の資格を取得して、3人で事業をスタートさせました。

2年間は赤字で3年目にようやく黒字に

川上 工場は見つかったのですか?

旧態依然としたクリーニング業界に<br />風穴を開けたマネタイズとは川上昌直(かわかみ・まさなお)博士(経営学)兵庫県立大学 経営学部 教授 ビジネスブレークスルー大学 客員教授「現場で使えるビジネスモデル」を体系づけ、実際の企業で「臨床」までを行う実践派の経営学者。初の単独著書『ビジネスモデルのグランドデザイン』(中央経済社)は、経営コンサルティングの規範的研究であるとして第41回日本公認会計士協会・学術賞(MCS賞)を受賞。ビジネスの全体像を俯瞰する「ナインセルメソッド」は、さまざまな企業で新規事業立案に用いられ、自身もアドバイザーとして関与している。また、メディアを通じてビジネスの面白さを発信している。その他の著書に『儲ける仕組みをつくるフレームワークの教科書』(かんき出版)、『ビジネスモデル思考法』(ダイヤモンド社)、『そのビジネスから「儲け」を生み出す9つの質問』(日経BP社)など。 http://masanaokawakami.com

井下 はい。結局、目白にあるクリーニング工場様と契約ができました。その工場は別会社でワイシャツだけを専門に請け負うクリーニング工場を仕掛けて成功していて、チャレンジングな事を後押しして下さる社長が、私たちの考えに賛同してくれて提携できました。

川上 ワイシャツに絞って運営するなんて、まさにイノベーターの工場が、ワカモノ、ヨソモノを受け入れてくれたのですね。倉庫兼事務所の検品・発送センターは、ネットで完結できるシステムを整えていたのですか?

井下 当時は、今のようにシステム化されていなかったので、サイトから注文をうけ、お客様からクリーニングする衣類が事務所に届いてから、仕分け・検品した内容をエクセルに手入力していました。

川上 そこからやったのですね。

井下 最初は、「破れてる洋服は、どうしたらいいの?」「毛皮が届いたけど、どうやって洗うの?」など検品していても分からないことだらけ。そのたびに工場に問い合わせて教えてもらいました。シミやキズが見つかればお客様に電話連絡をして確認して、工場に回す手はずを整えていると、あっという間に日が暮れる。1日2~3人のお客様しか受け付けられませんでした。

川上 急成長できる可能性を秘めたスタートアップを目指す企業は、そういう手間をなるべくかけず、いかに効率よく一気に収益化に結びつけるかを考えると思いますが、リネットは堅実というか、リアルのクリーニングの実情も体験しながら体制を整えたのですね。

井下 ええ、結果的にそうなりましたが、実は、一気に収益化するお金もなくて(笑)。資本金750万円で創業しましたが、当時、1人5万円の給料で3人で15万円。それだけで年間180万円かかり、加えて、事務所の賃料やサイト制作費なども必要でぎりぎりの状況でした。結局、ぎりぎりの状況のまま2年間は赤字で、3期目にようやく黒字になりました。

ネットとリアルをつなげる仕組みを構築し、
徐々にパッケージ化する

川上 それまで、よくあきらめずに続けられましたね。

井下 当時、私たちの心の支えになっていたのは、リピーターのお客様が着実に増えていたことです。私は、「世の中に新しい価値をどんどん生み出したい」という想いがあり、最初のビジネスは継続した収益を得られ、損益分岐点を越えたらあとは利益になるストック型のビジネスが良いと考えていたので、リピーターのお客様の存在は大きな励みになりました。

川上 非対面を可能にしたとはいえ、この段階では、取次店はなくても倉庫兼事務所の検品・発送センターを介していますから「クリーニング工場とお客様を直接結ぶ」という今のスタイルは実現していませんよね? 

井下 そうなんです。しかも、お客様が増え、提携工場も増えるにつれ、より広い在庫スペースを求めて検品・発送センターの移転を繰り返していたので限界を感じていました。しかし2012年の終わりに検品・発送センターとクリーニング工場を統合することができ2013年に、今に繋がるビジネスモデルを作ることができました。

川上 それに伴うシステムはどうしたのですか?

井下 検品・発送センターを運営する3年間で、取締役で創業メンバーの1人・森谷がコツコツと自社のシステム開発を行ってくれました。通常の小売業のシステムは、「注文がきたら在庫を発送する」というシンプルな仕組みですが、クリーニング業のシステムは、「Aさんから注文がきて洋服が届いたら、シミや破れのある・なしを検品し、水洗いとドライクリーニングに仕分けして工場でクリーニング。洗い終えた大量の衣類からAさんの衣類だけをピックアップして発送」などの流れがあるんです。

川上 ワンウェイではない複雑さがありますね。

井下 はい。そこで、受注の際に衣類1点1点をバーコードで紐づけ、いつ、どこに、どのお客様の衣類があるかをトラッキングできるようにして、最後、洗い終えてお客様の衣類が戻ってきた段階で、全部の衣類が揃っているかバーコードで確認する。この一連の流れをシステム化しました。衣類が揃っていれば「ピンポンピンポン♪」と音が鳴り、手違いがあればサイレンが鳴る(笑)。こうした遊び心も取り入れながら、ネットとリアルをつなげる仕組みを構築し、それを徐々にパッケージ化して各工場に導入していきました。

(つづく)

(文・三浦たまみ、撮影・宇佐見利明)