ビジネスモデルとは、顧客を喜ばせながら、同時に企業が利益を得る仕組みのこと。経営学者の川上昌直氏は、最新刊『マネタイズ戦略』で、マネタイズの視点を取り入れることで、顧客価値提案に画期的なブレークスルーを起こせることを解説しています。インターネット宅配クリーニング業・リネットの運営を行う株式会社ホワイトプラス代表取締役社長・井下孝之さんとの対談2回目。現在、会員数は25万人を突破し勢いに乗る同社のマネタイズ戦略とは?
価値提案を再定義して、「プレミアム仕上げ」を提供
川上 資金調達したタイミングはいつでしたか?
井下 2013年、ベンチャーキャピタルのJAFCOさんから3億円を出資していただきました。そのタイミングで、「通常会員」以外に、月額315円かかる「プレミアム会員」を設け、通常会員よりも手軽にご利用いただける価格設定と、納期を導入いたしました。それまでお預かりからお届けまで5日間かかっていたものを、最短2日でお届けできるシステムを工場様と一緒になって構築しました。
川上 資金調達もして、さらに打ち手が広がったのですね。
井下 ええ、資金調達の前年の2012年に黒字化し「ネット宅配のクリーニング業は成り立つ」ことが確信できたので、改めて初心に立ち返り、「そもそもクリーニング業界において、自分たちがやりたいことは何だろう? 何をすべきだろう?」とゼロベースで考え始めました。
川上 創業以来、「世の中の不便をなくそう」という気持ちで突っ走り、無から有を作りだすゼロイチ(0→1)をネットを使って実現させた。ここからさらに、どんな価値提案ができるか考えていったということですね。
井下 そうです。従来のクリーニング業の価値提案は、「きれいに洗って形を整えて返してくれる」だったと思うんです。私もその1人で、リネットを創業した理由は「ネットで世の中の不便を解決するため」でしたが、クリーニングの定義そのものは同業他社とほとんど変わらなかったと思います。でも、これからの価値提案を考えたら、もっと違う見方ができるのではないかと。クリーニングは人の生活に密接に関わるものなので、「クリーニングを通して、一人ひとりの生活を豊かに、気持ちよくする」という価値を提案できるのではないか?と。その一つの答えが、プレミアム会員に向けて「プレミアム仕上げ」を開始したことです。川上さんは、Tシャツをクリーニングに出す発想はありますか?
川上 ワイシャツなら分かりますが、Tシャツを出そうと思ったことはないですね。
井下 私もそうでした。でも、知り合いに頻繁にTシャツをクリーニングに出される方がいらっしゃるんです。改めて工場を見回してみると、クリーニングですので、大事にしたい少し高価な服はもちろんよく皆さん出されるのですが、ファストファッションの服や、自宅で洗えるようなTシャツでさえもクリーニングに出されるのを見かけたのです。「なぜだろう?」と、実際にTシャツを「自宅の洗濯機で洗う」のと、「リネットに出してクリーニングする」ことで比べてみました。
リネットした服を着る事で、気持ちが上がるような変化がある
川上 どうなりましたか?
井下 結果、リネットで出す方が着たときの肌触りが気持ち良く、新品に近い状態で仕上がりました。もちろん、ここまではお洗濯とクリーニングの違いですので、当たり前の話です。しかし、リネットされたTシャツを着た時に気が付いたのです。服の仕上がりや着心地だけじゃなく、リネットした服を着る事で、気持ちが上がるような変化がある事に。このとき、「ああ、これこそが、私たちが打ち出していくべき付加価値だったな」と実感したのです。
川上 なるほど。
井下 そこで、その気持ちをより感じられるようにするために、服がより長持ちして、仕上がりも着心地も良くなる、プレミアム仕上げを導入しました。
川上 衣類の価格が高い、安い、あるいは流行とは関係なく、「本当に自分が着たいものを、長く大切に着たい」という需要は確実にあったということですね。それはまさに、「きれいに洗って形を整えてくれたらそれでいい」から脱却した「クリーニングを通して、一人ひとりの生活を豊かに、気持ちよくする」という価値提案につながりますね。
井下 そうですね。従来のクリーニングは「洗う」に重点が置かれていたので、いわばシャンプーしかしていない状態です。それ以外の、例えば衣類の風合いを復活させるリファイン加工などの衣類ケアは従来のクリーニング店にも存在していたのですが、「トリートメントまでするならオプション料金をとるよ」という感覚でした。でも、「生活を豊かに、気持ちよくする」という観点から考えたら、買ったときのような質感に戻す衣類のケアにこそ力を入れていくべきだと。だからプレミアム会員に向けては、リファイン加工も、水洗い商品の柔らか加工も、毛玉取りも毛取りも「プレミアム仕上げ」としてすべて無料で提供したのです。
川上 価値提案を再定義したことになりますね。経営学の古典で、アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した、仕事における満足と不満足を引き起こす要因に関する「ハーズバーグの動機づけ・衛生理論」というのがあります。仕事の不満要因(衛生要因)をいくら取り除いても満足感を引き出せない、引き出すには動機づけ要因が必要になるという話ですが、まさにリネットさんは、衛生面に関わる商品を扱っているのでリンクして面白いなと。つまり、汚れたモノがきれいになる、その衛生要因を解決しても、マイナスをゼロにしただけにしかならず、その先に行くには、絶対に別の動機づけ、価値創造が必要になります。リネットさんは、その一つの提案が「プレミアム仕上げ」だったのですね。
常識にとらわれない発想で、顧客価値を創造する
井下 はい。顧客価値の再定義という点で言えば、ラテラルシンキング(水平思考)にも通じる話だと思うんです。
川上 論理思考のロジカルシンキングに対して、水平思考のラテラルシンキングですね。常識にとらわれずに物事を異なる角度から見る思考法ですね。
井下 はい。スターバックスやレッドブルもラテラルシンキングの観点から考えられると思っています。スターバックスは、従来の「喫茶店」の定義を「コーヒーを買う体験」という価値提案に変えました。レッドブルも、従来の「栄養ドリンク」の枠を超えて「クールな若者が飲むエナジードリンク」と新たに定義して広めました。彼らに共通しているのは、既存の市場の概念を異なる角度からとらえ直し、まったく新しい価値提案として再定義したことだと思うのです。
川上 家電のバルミューダもそうですね。機能面だけはどうやってもコモディティ化してしまうので、そこに優れたデザインを加えて「生活が豊かになる体験ができますよ」と新たな価値を提案しています。出来上がりの音が、「チン」ではなく、ギター音なのはその象徴ですよね。従来の商品やサービスの価値を再定義すると、まったく新しい価値提案が生まれ、それは結果的に旧態依然の家電業界に一石を投じることにもつながりましたね。
井下 私たちもまさにそういう存在でありたいと思っています。だから、個々の生活が「アップグレードしたな」と感じられるような価値提案を積極的に打ち出したいです。その意味でデザインの力も重視していて、リネットのハンガーのロゴも清潔感とデザイン性を兼ね備えたものになったと思いますし、衣類を入れる白い段ボールひとつとっても、玄関先に置いてもインテリアを損わないデザインにしています。
川上 そこまでやるんですね。
井下 はい。「新しい日常をつくる」というビジョンを掲げたので、それに向かってお客様に対して何ができるか日々考えています。
(つづく)
(文・三浦たまみ、撮影・宇佐見利明)
※次回は、1月16日(火)に掲載します。