『幸福の「資本」論』
橘玲著
ダイヤモンド社
定価1500円(税別)

 親しい間柄であればお金は必ずモノ(プレゼント)に換えなくてはならないし、妻が家事をしてくれるからといって現金を渡すこともありません(その代わり外食に誘ったりします)。このことをもうちょっと難しくいうと、私たちは無意識のうちに政治空間と貨幣空間を区別し、政治空間(愛情や友情)に貨幣が混入することを避けているのです。

 この奇妙な風習は、「プライスレス」と「プライサブル」から説明できます。

「プライスレス」とは、文字どおり値段のつけられない、かけがえのないものです。それに対して「プライサブル」は貨幣に換算できるもので、商品やサービスに対して値札をつけることです。

 彼女との関係がプライスレスである証として、セックスのあとに愛情を込めた指輪を贈ります。それに対して3万円の現金を渡すのはセックスに値札をつけることですから、彼女をプライサブルなもの、すなわち売春婦にしてしまうのです。「君とのセックスは、ぼくにとって3万円の価値だよ」というように。

 このことをはじめて指摘したのがアメリカの市井の思想家ジェイン・ジェイコブズで、彼女はこれを「市場の倫理」と「統治の倫理」という異質の世界観の対立だと考えました(『市場の倫理 統治の倫理』ちくま学芸文庫)。

 ジェイコブズは古今東西の道徳律を調べ、人類のつくり出した2種類の相異なるモラル体系を抽出します。これが市場の倫理と統治の倫理ですが、かんたんにいえば権力ゲーム(武士道)とお金儲けゲーム(商人道)のルールです。