参加した日本人乗客の中に、これまでのクルーズ旅行でも最高齢の92歳男性のEさんと、最年少のHくんがいた。  Hくんと一緒に旅行に来ていた母親に事情を説明すると、すぐに承諾をもらえた。しかし最高齢Eさんは、「遠慮しておきますよ」と断ったのだ。通訳の熱意ある説得を受けた末、ようやく「そうですか、分かりました」と承諾した。

 しかし、待ち合わせの場所に、約束の時間よりもずっと前に現れたのはEさんだった。何か考え込んでいるような表情をし、遠くを見つめてじっと座って待っていた。

 しばらくしてY夫婦がやってきて、風習を説明した後、事前に用意していた大きな赤い封筒に入ったプレゼント(手紙とお年玉、縁起物の飴とナッツ)を「祝新年快楽(明けましておめでとうございます)」の言葉とともに手渡した。

 ちなみに、封筒に入っている飴とナッツの数は9個で、9はこれ以上ない数字で最高齢の方への尊敬の気持ちを表しているとのことだった。

戦時中の告白を
受け入れた中国人夫婦

 Eさんは、Y夫婦が話している間、黙ってじっと聞いていた。そして、それらを受け取った後、突然、通訳に話し始めた。

「私ね、あんまり、ほんとに詳しく言えないんだけど、実は昔、戦争で蘇州やら奥地の方に行っててね。詳しくは言えないけれど、向こうでよくないことをやったり、お世話になったことがたくさんあったん。それは、うんと昔のこと、そうゆうことがあったん。中国のお方から、このようなものをいただくのは初めてのことなんだけど、正直に言うと気が引けてねぇ」

 この話を聞いた周りの人々は、皆一様に驚いてしまった。しかし、通訳はそのまま全て訳してY夫婦に伝えた。するとY夫婦がこう応じた。

「私は、蘇州の生まれ育ちです。戦争の話は、正直に大変驚きました。しかし、戦争は国と国との間での話で、私たちの仲には関係のない話です。これから私たちは、人と人として、平和な関係をぜひとも作っていきましょう。どうか、プレゼントは受け取っていただきたい。そしてこれからも、元気にいつまでも長生きしてください」