あの大物政治家も!
あまりに軽率な差別発言

 最後に紹介するのは、当時首相だった中曽根康弘氏の、あまりにも軽率で差別的な発言。

 1986年(昭和61年)9月22日、中曽根首相は、静岡県函南町で開催された自民党全国研修会の講演のなかで、日本と米国の社会を比較して、次のように述べた。

「日本はこれだけ高学歴社会になって、相当インテリジェントなソサエティーになって来ておる。アメリカなんかより、はるかにそうだ。平均点から見たら、アメリカには黒人とか、プエルトリコ人とか、メキシカンとか、そういうのが相当おって、平均的に見たら知識水準はまだ非常に低い」

 この中曽根首相の発言は、米国社会のタブーに触れるものだった。しかも、日米貿易摩擦によって日本に対する反発感情が高まっていた時期だったこともあり、すぐにテレビや新聞などを通じて、全米に広く伝えられたという。

 特に、メキシコ系や黒人が多いカリフォルニアでは、新聞各紙で大きく取り上げられ、ロサンゼルスやサンフランシスコの日本領事館には抗議の電話が相次いだ。

 また、米議会もこの発言を重く受け止め、メキシコ系などのヒスパニック議員連盟の会長が発言の撤回を要求し、黒人議員連盟も発言の真意の説明を求める緊急電報を日本大使館に打つなど反発を強めた。下院本会議では16人の議員が中曽根発言を糾弾する演説に立ち、「米国社会に対する重大な侮辱」と発言撤回や謝罪を求め、下院に「中曽根首相非難決議」が提出されるなど、日米間の政治問題に発展してしまった。

 この事態を憂慮した中曽根首相はすぐに、「多くのアメリカ国民を傷つけ、心からお詫びします」との陳謝のメッセージを松永信雄駐米大使経由で、米側に伝えた。

 ヒスパニック議員連盟、黒人議員連盟が中曽根首相の陳謝を受け入れたことで、首相非難決議案も決議されずに廃案に終わり、この問題は収束に向かったが、日米関係に深刻な後遺症を残すこととなり、重要な日米関係に亀裂を起こしかねない軽はずみな発言だった。

 政治家による暴言、放言は今に始まったものではないが、国民の代表者の発言がどういう影響を及ぼすのか、十分に自覚してほしいものだ。