サービス産業の問題点は、
マネジメントにあるのではないか

 サービス産業と一口に言っても、業態によって大きな違いがあり、とても一概に論じることはできない。米国との対比で飲食宿泊が最も劣位にあるというデータは、我々の日常感覚に照らせば少し奇異な感じを受ける。日本と米国の飲食店を比較すれば、ミシュランガイドの評価(3つ星店の数では、1位東京、2位パリ、3位大阪)を待つまでもなく、わが国の食事の方が遥かに美味しいではないかと。また、旅館やホテルでもわが国のサービスの方が遥かにかゆい所に手が届いているのではないかと。

 実は、これに似た話は、農業でもよく聞かれる。日本のお米や果物、野菜は本当においしい。しかし、国際的に見れば、競争力はまったくないと。

 このどちらにも共通しているのは、現場の第一線の技術やサービスのレベル、あるいは職人芸といった部分では高い評価を受けてはいるものの、企業体全体としては、低い評価になっているということだ。だとすれば、誰が考えても答えは一つしかないではないか。つまり、経営力、すなわちマネジメントの部分がなっていないということだ。

 考えて見ると、わが国で一流とされる飲食宿泊の経営には、同族経営の色合いが強いなど、古色蒼然とした雰囲気が確かに漂っている。しかし、逆に考えれば、マネジメントさえ立て直せば、わが国の飲食宿泊(を始めとするサービス産業)は、大きく飛躍する余地を残しているのではないか。

 マネジメントを立て直すカギは2つあると思う。一つは、同族経営的、前近代的な経営を「近代化」することである。これは、実はそう難しいことではないと考える。極論すれば、ドラッカーを読んでそれを実践すれば、それでいいのである。

 もう一つはダイバーシティである。「女性・若者・外国人の活用」と言い換えてもいい。サービス産業の需要者は、百貨店の売り場を見るまでもなく、女性と若者が中心となっている。だとしたら、供給者のマネジメントにも女性や若者、それからグローバル化を展望すれば、外国人がいないことには話にならないではないか。需要者のニーズを正しく把握して優れた商品やサービスを産みだすカギは、供給者のマネジメントに同じ目線を持った人間がいることに尽きると考える。

 ところで、社外取締役の義務づけ(会社法改正に係る法制審議会の中間試案。2011年12月7日)にすら猛反対しているわが国の経済界(日本経団連や全国銀行協会等)の現状を考えれば、ダイバーシティの実現には大きな困難が伴うものと想像される。このコラムでも何回も指摘してきたが、こうした経営者の和を何よりも重んじる強い同質化圧力の働く社会では、政府が蛮勇を奮って「クォーター制」を強制するなど、上からの改革を断行することが、やはり必要ではないだろうか。