拙著、『知性を磨く』(光文社新書)では、21世紀には、「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」という7つのレベルの知性を垂直統合した人材が、「21世紀の変革リーダー」として活躍することを述べた。第39回の講義では、「技術」に焦点を当て、拙著、『ダボス会議に見る世界のトップリーダーの話術』(東洋経済新報社)において述べたテーマを取り上げよう。
「楽天家のダボス会議」であるTED
「壇上に立っているビル・ゲイツは、あのビル・ゲイツではない…」
最近の彼のダボス会議でのスピーチを見ていると、いつも、そう思う。
彼は、あのマイクロソフトのトップであった頃のビル・ゲイツではない。
いま、彼は、世界最大の社会貢献財団、ビル&メリンダ・ゲイツ財団のトップであり、世界最大の基金を誇る「社会貢献家」(フィランソロピスト)なのだ。
彼のスピーチを聴いていると、いつも、そのことを感じる。
かつてマイクロソフトのトップであった頃のビル・ゲイツ。独占禁止法をめぐって司法省と争っていた時代のビル・ゲイツは、文字通り「辣腕の経営者」であった。テレビを通じて伝わってくる経営者ビル・ゲイツは、文字通り「煮ても焼いても食えない」という風情。「世界中を敵に回しても、勝ち抜く!」そうした強固な意志が伝わってくる人物であった。
しかし、「社会貢献家」になってからの彼は、全く別人だ。
2009年の「TED会議」。
「楽天家のダボス会議」とも称される会議であり、「Technology, Entertainment, Design」を掲げ、世界中から選び抜かれた聴衆2000名が集まる国際会議。
このTED会議で登壇したとき、ビル・ゲイツは、マラリア撲滅のスピーチをした。
まず、小さなガラス瓶を取り出し、「この中にはマラリアの蚊が入っている」と言い、その蓋を取る。中の蚊が飛び出すのを見て、場内の聴衆がどよめくと、彼らに向かって、茶目っ気たっぷりに、「安心して。この蚊は、マラリアの病原菌は持っていないので」と説明する。
実は、彼は、マラリアの蚊を打ち落とすレーザー銃システムの開発にも投資している。これは、標的の蚊をコンピュータの画像処理で識別し、正確にレーザー銃で撃ち落としていくシステムだが、翌年のTED会議では、このシステムの実演が行われた。
このように、ゲイツは、聴衆を楽しませながら、熱くマラリア撲滅の意義を語るが、壇上に立って話す彼の風情は、まさに、「この世界を良き世界に変えたい」と心底願っている一人の社会貢献家の姿である。そうした姿を見せているときの彼は、マイクロソフトのトップであった頃の彼とは、全く別人であると感じる。