国家アイデンティティには
特有の危うさがある

 だが、事実、強いチームほどファンが多いのは、社会的アイデンティティによる作用が大きいと認めざるを得ない。

 これが「国」になると、そう簡単に所属は変えられない。自分の国のチームが弱いことに、フラストレーションを抱えながらも、そこにとどまらなくてはならない。ワールドカップで期待通りの結果を得られなかったチームが、ファンに手ひどい罵声を浴びせられたり、バッシングされたりするのは、国家アイデンティティの特殊さを物語るものだ。

 残念なことに昔から、そういった国家アイデンティティの発揚を政治的に利用しようとする動きは何度もあった。私たちは、国家アイデンティティの危うさを知った上で、そんな政治的扇動に乗せられないことが大事だろう。

 オリンピックでは皆、日本を大いに応援するべきと思う。筆者もそうするつもりだ。だが、同時に国家アイデンティティが持つ危うさも頭に入れておき、選手たちの躍動するゲームを純粋に楽しむことの方が、より重要だということは知っておくべきだろう。