それは、恐らく「南北の指導者は親書をやりとりするほど親しい関係にある」「南北関係は改善している」というイメージを世間に植え付ける狙いがあったのだろう。

 金与正は、3歳ほど離れた兄、金正恩のイメージ戦略を支えてきた人物として知られる。

 朝鮮中央テレビはしばしば、金正恩が視察先で大勢の人と間近で接する様子を伝えているが、写真撮影では、金正恩の脇に立った人々は必ずといっていいほど、金正恩と腕を絡ませる。

 これらは「愛民政治」と呼ばれる市民重視の政治を進めるとした金正恩のイメージを売り込む戦略で、金与正が深く関与しているとされる。

 護衛に囲まれ、一般市民と触れ合う機会がほとんどなかった父、金正日総書記との差別化を図る狙いが込められている。

 金与正は聡明な人物とされ、金正日総書記は高英姫夫人との間に生まれた3人の子どもの中で最も愛したという。周囲には「与正が男性だったら後継者にするのに」と漏らしたこともあるとされる。

 今回の訪韓中でも、その才能と職責を自ら遺憾なく発揮して見せた。

 カメラの前では常に視線を前方上に向け、文大統領と握手するときもこの姿勢を貫いた。韓国にこびへつらっている、という印象が残るのを避ける狙いだろう。

 朝鮮中央テレビが伝えた映像のなかの金与正と同様、常に笑みを絶やさず、ソフトなイメージを韓国に振りまいた。

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 だが金与正の役割はそれだけにとどまらない。

 実際、筆者が接触する元労働党幹部たちは、会談の前から親書には注目していなかった。元幹部の1人は「親書なら金永南(キム・ヨンナム、最高人民会議常任委員長)に持たせればいい。与正が来る以上、口頭で何かを伝えるはずだ」と話していた。