親の努力は子供に伝わらない?
――親が適応するために頑張れば、子供に遺伝させることができますか
そこは非常に難しい問いになると思うんですけれども、いわゆる獲得形質、自分が努力してその能力を高めたことは、やっぱりリセットされてしまうことが、残念ながら多いと思います。古くから色々な実験をして確かめられてきていますが、筋肉の増強やピアノの上達などは、複雑な組み合わせによって作り出されたある種の技能ですから、リセットされてしまうでしょう。
でも、スポーツ選手の子どもが同じスポーツで優秀な成績を出したり、学者の子供が学者になったり、一見、ある種の能力が遺伝しているように見えることがありますよね。でも、それはエピジェネティクスな形で才能が受け渡されているのではなく、才能を花開かせる環境が共有されているからだと思います。つまりスポーツ選手のお父さんは、子どもにいつ、どういうふうにトレーニングをすれば、そのスポーツに長けていくのかを十分知っているわけです。
そこはエピジェネティクスをあまり拡張しすぎると、混乱が起きちゃうと思うんです。だから、いわゆる努力して勝ち得るような性質が遺伝しているのではなく、もっと気がつきにくいもの、例えば脳の発達の仕組みみたいなことがエピジェネティクスで遺伝していると思うんです。
サルの遺伝子と人間の遺伝子は、98%ぐらい似ています。じゃあ、残りの2%が人間固有の遺伝子で、それが人間を人間たらしめているのかというと、そうじゃないんですね。98%似ているっていうのは、例えばインシュリンの遺伝子はサルにも人間にもあります。その遺伝子の配列を見ると、ところどころ方言みたいに遺伝暗号の言葉が書き換えられています。でもインシュリンはインシュリンです。その方言程度の差が遺伝子全体で蓄積されて、2%ほど差異があるのであって、人間しかない遺伝子Xがあるというような差はないと思います。
では、人間とサルはどうやって区別されるかっていうと、それがエピジェネティクスな遺伝によるものじゃないかって思うんですね。