――エピジェネティクスな遺伝は母親が主体になるようですね

 受精卵という細胞はお母さん由来です。お父さんからは精子によってその中のDNAだけが行きます。卵細胞は単純にサイズだけ見ても大きいですし、お母さん由来の影響は大きいですね。だからといってお父さん由来の寄与がないわけじゃなくて、メチル化やアセチル化などのDNA上に起こる変化はお父さん由来のDNAにも書かれています。まだ寄与率までは正確にわからないと思いますけれど。でも、お母さんの卵細胞がもたらしている環境の影響が大きいことは間違いないと思います。

赤ちゃんはゼロスタートではなかった

――受精卵ではDNAはリセットされるはずなのに、なぜメチル化などの変化を覚えているのでしょうか

 それはリセットされる部分とリセットされずに残っている部分があるのだろうと思います。その区別がまだちゃんとわかっていないので混乱していますが。ヒトは多細胞生物で、60兆個くらいの細胞から成り立っています。その細胞はすべて、たった1個の受精卵が分裂して2個、4個と増え、コミュニケーションし合いながら、自分がどういう細胞になるかを決めていったのです。脳の細胞、心臓の細胞、皮膚の細胞、すべての細胞は同じDNAを持っています。

 同じDNAを持っているのに、DNAのうち何を使うかが違うから、それぞれの細胞が専門化していくわけです。その過程で、おそらくDNA上に化学修飾がさまざまな形で起こって、ある遺伝子はスイッチがオフになる、ある遺伝子はスイッチがオンになるように、分化の過程でどの遺伝子が働くかに差ができて、それぞれの細胞が個性を持つわけです。

 次世代を作るための卵細胞は、そのような分化した細胞が個性を持った仕組みをいったんリセットして、無個性にしないといけないですよね。だから専門化していく時にどの遺伝子を使うかっていう選択に関しては、それを取り外してリセットする力が働くと思うんです。

 ただ、例えばその生物が非常に寒冷な環境で育ったとします。寒冷状況に対応するため、どの細胞もスイッチが早い時点からオンにならなきゃいけないという修飾が起こったとします。そういう修飾は次の世代にとっても有利なので、それはリセットされずに残っていく可能性があるわけです。どういうふうに区別されているか、まだわからないことがたくさんありますが、環境との相互作用で作り出されたものがエピジェネティクスな形で受け渡されていると思うんですよね。